研究紹介
量子電子科学研究分野
電子コンプトン散乱計測による物質の静的・動的性質の起源の解明
あらゆる物質は電子と原子核から構成される。したがって、反応性や機能性など物質の多種多様な性質は、電子と原子核の物質内運動およびそれら運動の協奏に基づく他ない。当研究室は、そうした最も基本的な観点に立ち、高速電子線を励起源とするコンプトン散乱を駆使した独自の新しい計測法を開発することにより、物質の静的および動的性質の根源的理解と望みの機能の物質への付与を目指して研究を進めている。
電子コンプトン散乱による電子と原子核の物質内運動イメージング
高速電子と分子との衝突により起こる電子コンプトン散乱を利用して、イオン化エネルギーの異なる電子毎の運動量分布や質量の異なる原子核毎の運動量分布を観測することができる。これらのユニークな特徴を活用して、従来とは反転した視点からの運動量空間分子分光の研究を進めている。
Bull. Chem. Soc. Jpn.82, 751-777 (2009).
Phys. Rev. A 100, 032506 (2019).
時間分解電子コンプトン散乱による物質反応の駆動原理の可視化
本研究の目的は、「物質反応がどのように進むか」の精査ではなく、「物質反応は何故、そのように進むのか」の解明である。分子軌道がどのように形状変化し、さらにその形状変化が各原子核にどのような大きさの力をどの方向に与えたか、すなわち、物質反応の「ナノスケールでの力学法則」を調べる手法の開発と確立を現在進めている。
Phys. Rev. Lett. 114, 103005 (2015).
Atoms 9, 19 (2021).
多次元同時計測による電子・分子衝突の立体ダイナミクス
電子が分子と衝突する時、入射電子線と分子軸方向との角度や衝突径数bの大きさに依存して、衝突の物理化学的内容が異なるのではないか。本研究の目的は、この基本的な問いに応える「電子・分子衝突の立体ダイナミクス」という研究分野の開拓である。二原子分子等の単純分子を対象とした成果を踏まえて、現在は多原子分子一般へと研究の飛躍的展開を試みている。
Phys. Rev. Lett. 94, 213202 (2005).
J. Chem. Phys. 152, 164301 (2020).
ナノ・マイクロ計測化学研究分野
界面化学に基づく化学計測手法の開発と分析化学応用
固液・気液などの界面現象を解明し、新しい化学計測手法を開発しています。また、マイクロ化学デバイスのような、先端加工技術を取り入れた計測手法を開発しています。レーザー光散乱法や蛍光偏光測定法などの新しい検出法の開発にも取り組んでいます。これらの計測化学研究により、バイオ分析、環境分析、食品分析などの新しい分析化学手法の実現に取り組んでいます。
新型コロナウイルス抗体の迅速定量化法の実現
独自に開発している可搬型蛍光偏光イムノアッセイ装置により、ヒト血清中の新型コロナウイルス抗体を20分以内に定量する手法を実現しました。現場診断やワクチン効果の定量的評価などに応用が期待されます。
分析試薬の有機ナノ結晶を集積した紙分析デバイスの提案と実証
分析試薬のナノ結晶を紙分析デバイスに集積し、低濃度の鉄イオンを高感度に検出する新しい分析法を提案・実証しました。有機ナノ結晶が試料中の鉄イオンを濃縮する挙動を新たに見いだしました。河川水の鉄イオン分析を対象にした条件で、2.4 ppbという検出下限値を得ました。有機ナノ結晶が、環境分析などにおける高感度分析に利用可能であることを実証し、広い範囲の分析化学に応用可能であることを示しました。
光トラップした単一エアロゾル水滴の表面張力の光計測を実現
集光レーザーによりトラップした単一エアロゾル表面(気液界面)からの散乱光をヘテロダイン検出し、そのドップラーシフトから表面張力を計測する方法を実現しました。エアロゾルの発生機構には表面張力が大きな役割を果たしていることが近年議論されていますが、微小液滴の張力測定法の欠如のため詳細な解析が困難な状況です。本法は問題を打開する新しい計測法として発展することが期待されます。
ハイブリッド炭素ナノ材料分野
カーボン系非晶質材料の合成と計測手法の開発
当研究室では、従来は構造制御も構造描写も困難であった非晶質を主体とするカーボン系材料を、ボトムアップ的に合成する手法の開発を行っています。また、先進のカーボン材料分析技術の開発にも取り組んでいます。さらに、調製した新規材料をスーパーキャパシタ、二次電池、燃料電池、ヒートポンプ、触媒、ヘルスケアなど幅広い分野へ応用する検討を、国内外の多数の研究機関および企業と連携しつつ進めています。
単層グラフェンから成るナノ多孔体
単層グラフェンを主成分とし、50 nm以下の細孔が発達した「単層グラフェンナノ多孔体」は、高い吸着容量、カーボンナノチューブに勝る耐酸化性、高導電率、機械的な柔軟性など、従来のナノ多孔性カーボンや他のグラフェン系材料とは一線を画するユニークな特性をもっております。当研究室ではこれらの材料の開発と応用を進めているほか、応力による細孔変形を吸着や熱量の変化で評価する新しい計測手法の開発にも取り組んでいます。
有機化学的手法に基づくカーボン材料の緻密合成
適切な分子設計により炭素化時の構造崩壊を抑制し、規則構造と分子レベルの化学構造を維持した規則性カーボン構造体(Ordered carbonaceous framework, OCF)の調製を行っています。OCFはMOFのような結晶性多孔体とカーボン材料のハイブリッドであり、白金代替を含む新規の触媒材料としての応用を進めています。また、カーボン材料に含まれる異元素をppmレベルで定性・定量分析する新しい計測手法の開発にも取り組んでいます。
カーボン系材料のヘルスケア分野への展開
カーボン系材料のヘルスケア分野への展開も進めています。その1つが、柔軟な微小開口ハニカム材料です。当研究室では、セルロースナノファイバーが微小開口ハニカム形成に極めて有効であることを発見、さらにグラフェンとの複合化によりスポンジのように柔軟に変形可能なハニカム材の調製に成功しています。このユニークな微小開口ハニカム材のヘルスケア分野への応用を進めています。
ハイブリッド材料創製分野
マルチファンクショナルな有機材料の創製
有機分子の設計自由度に着目した分子集合体の多重機能の構築および有機エレクトロニクスおよび有機メカトロニクスへの展開を試みている。導電性・磁性・強誘電性などの機能を分子およびその集合体で設計し、新規なマルチファンクショナルな分子性材料を開発する。単結晶・柔粘性結晶・液晶・ゲル・LB膜など多様な分子集合体を研究対象とし、有機合成から構造-物性評価に至る一連の基礎研究を実施している。
多重機能性有機材料の開発: 発光性強誘電体
水素結合性の分子集合体の新規多重機能の開拓を目的とし、アルキルアミド基を導入した発光性ピレン誘導体の分子会合特性、分子集合体形成および分子間水素結合に由来する強誘電性の発現に関する検討を行った。結果、温度上昇に伴う固相-カラムナー液晶相転移に伴い強誘電性の発現が電場-分極ヒステリシスから確認された。また、濃度に依存した分子会合特性の変化に起因したMonomer-Excimer 発光を示し、強誘電体ヒステリシスを反映した電流スイッチング現象の出現に成功した。
外部刺激に応答するn型有機半導体
n型有機半導体特性を示すアニオン性のナフタレンジイミド誘導体を用いて、アルカリ金属イオンであるLi, Na, K, Rb, Csを系統的に組み合わせることで、n型有機半導体材料の結晶格子の硬さ・柔らかさを化学的に自在制御することに成功した。本材料は、アルカリ金属イオンのサイズにより、結晶格子の熱運動状態が変化し、水の存在下で高い電子移動度と可逆的な水の出し入れが可能な有機材料である。このような結晶格子の硬さ・柔らかさの制御は、有機エレクトロニクスの性能制御のための新たな可能性を提案する。
新規な動作原理による有機強誘電体の開発
入手が容易で毒性の少ない元素から構成される有機強誘電体は、次世代の高密度メモリへの応用の観点から注目を集めている。例えば、我々のグループでは非平面型の湾曲したお椀型共役分子であるトリチアスマネン誘導体を用いて、固体状態におけるお椀反転現象による有機強誘電体の創製に成功した。この分子では、内側と外側(表と裏)の区別が可能であり、分子の表裏を起源とする非対称性の付与から、新たな動作原理に基づく分子メモリの創製に利用できることを実証した。
光機能材料化学分野
極限ナノ造形を目指した材料化学,プロセス工学,計測技術の構築
成形加工サイズが一桁ナノメートルに近づくにつれ、分子との相関が強く現れてきます。当研究室では、工業利用が進む光ナノインプリント技術での極限ナノ造形の研究を推進しています。モールド製造に資する電子線レジスト高分子材料や有型成形加工に資する光硬化レジスト分子材料のゼプトモルの材料化学を切り開くと共に、レーザー加工孔版印刷を特徴とする新しい成形加工プロセス、原子精度の位置合わせを行う計測技術や積層技術を実現します。
レーザー加工孔版印刷に基づくナノインプリントリソグラフィ技術の創成
超短パルスレーザーで加工したポリイミド孔版による基板面への印刷により、定量的に高粘度の光硬化性液体の液滴を基板に配置できます。モールド表面にあるパターン空隙の密度差に応じた配置する液滴の数の制御で、残膜厚の均一化やモールド端部の制御が行えます。既存の金属・半導体材料の他、新材料のナノ加工技術を創成します。
Jpn. J. Appl. Phys. 55, 06GM01 (2016)
Bull. Chem. Soc. Jpn. 91, 178 (2018)
蛍光を呈する周期構造体の画像検出による位置計測と重ね合わせ
微量の可視蛍光色素分子を溶解させた紫外線硬化性液体を使用することで、基板と位置を合わせる合成石英モールドに光学機能膜が不要となり、モールドコストの低減が可能になります。蛍光検出を特徴とする独自の蛍光アライメントの研究を進め、画像形成材料、画像解析方法の構築を進め、原子精度の位置計測と積層の新技術を構築します。
J. Vac. Sci. Technol. B 35, 06G303 (2017)
Jpn. J. Appl. Phys. 59, SIIJ11 (2020)
ナノインプリント技術を基盤とした人工ナノ造形材料の創出
物理学の世界で予言された人工ナノ構造物質の物性発現を目指し、設計図に忠実な人工ナノ造形材料の創出を目指します。一桁ナノサイズの光硬化樹脂ピラー、可視光領域で負の屈折率材料として期待される分割リング共振器配列体、縮尺スケール1/1012の安心安全に資する高耐久性人工認証材料など、未来社会に資する新材料を具現化していきます。
Appl. Phys. Lett. 103, 071104 (2013)
Langmuir 34, 9366 (2018)
Sci. Rep. 11, 16550 (2021)
有機・バイオナノ材料分野
難水溶化という従来とは逆の分子設計に基づく新規ナノ薬剤の創出
薬効化合物を効率的に患部へ届けるドラッグデリバリーシステムの構築を目指した有機ナノ材料の研究に取り組んでいる。我々は分子をあえて疎水性とし、独自の有機ナノ粒子の作製手法である『再沈法』を用いて粒径100 nm以下の微小球で『ナノ薬剤』が作製できることを明らかにした。悪性腫瘍「がん」や眼疾患などを対象とし、新規ナノ薬剤の創製を目指して化合物合成から、細胞、動物実験まで行っている。(笠井研究室)
ナノ抗がん剤の開発
笠井研では、一般的なキャリアを用いたナノ製剤化とは異なり、薬物分子だけで構成される手法により腫瘍への効率的な集積を目指している。また、がん細胞内で選択的に薬物を放出する機構を分子設計で構築し「より副作用の少ないナノ薬剤の創製」に取り組んでいる。さらに蛍光生物学を駆使して、細胞内においてナノ粒子の溶解から分子の拡散までの過程を追跡し、「ナノ薬剤が薬効を発現する道程の解明」にも挑戦している。
ナノ点眼薬の開発
点眼薬では、涙液による薬物の流出を防ぎつつ、異物の侵入を阻む角膜を突破し、その後、眼内の房水が入れ替わる前に迅速に薬効を示すことが求められる。笠井研では、眼内で迅速に加水分解し薬物を放出する分子設計の構築、角膜と相互作用する疎水性の粒子表面を持ち且つ眼内移行性の高いサイズ制御されたナノ粒子の作製を行い、効率的に眼内に入り高い薬効を示すナノ点眼薬の開発を目指している。
グリーンケミストリーを意識した有機材料の開発
環境負荷の低減を目指し、人にも環境にも優しい有機材料の開発を行っている。現在、①バイオマス原料から付加価値の高い化合物(医薬品原料、香料、高分子など)への変換、②天然由来の材料の利用として天然高分子を用いた生体適合材料の開発や天然色素のナノ粒子化による機能化と食品色素への応用、③CO2の資源化/エネルギー化を目指した有機ナノ粒子による光触媒の開発を中心に研究を進めている。