研究内容
研究テーマ
1. STMを用いた表面原子構造解析と電子状態の極限計測
本研究では、走査型トンネル顕微鏡(STM)を中心とした独自の装置開発を通じ、ナノ科学の基盤となる超高空間分解能の計測技術と原子・分子操作技術を開拓しています。具体的には、極低温・超高真空下における走査型トンネル分光(STS)を駆使し、単一分子の幾何構造のみならず、その局所的な状態密度やエネルギー準位といった「電子状態」を極限の精度で計測します。特に、二硫化モリブデン(MoS2)などの二次元層状物質や有機半導体分子を対象に、原子欠陥や界面構造がキャリア輸送に与える影響を物理学的な観点から解明します。さらに、これらの極限計測で得られた知見を基に、分子個々の量子力学的特性を能動的に利用した次世代素子の開発を進めています。単一分子を機能ユニットとしてボトムアップに構築し、その内部自由度やスピン状態を制御することで、従来のシリコンテクノロジーでは到達困難な超低消費電力・高機能なナノデバイスの創出を目指します。基礎学理の探究から、分子の特徴を極限まで引き出した革新的素子の実装までを一貫して推進し、ナノ領域における新たな物理パラダイムを提示します。
2. 二硫化モリブデン等の二次元層状物質における原子構造とキャリア輸送特性の相関解明
二硫化モリブデン(MoS2)に代表される二次元層状物質は、原子レベルの薄さと優れた電気的・光学特性を併せ持ち、ポストシリコン世代の革新的半導体材料として世界的に注目されています。本研究では、これら二次元物質の「原子配列の微細な乱れ」が、デバイスとしての「マクロな電気伝導」にどのような影響を及ぼすのか、その構造・物性相関を解明することを目的としています。具体的には、走査型トンネル顕微鏡(STM)を駆使して、原子欠陥、不純物、結晶粒界、およびエッジ構造を単一原子スケールで可視化し、局所的な電子状態(状態密度)への影響を精緻に評価します。これら原子・分子構造と電子状態の評価と並行して、電界効果トランジスタ(FET)のキャリア移動度やその伝導機構の温度・電界依存性を計測します。ミクロな原子構造の知見とマクロな輸送特性を直接的に結びつけることで、移動度の制限因子やショットキー障壁の物理的起源を特定します。この相関解明を通じて、二次元物質の潜在能力を最大限に引き出すための欠陥制御技術や界面設計指針を確立し、超低消費電力・超高速動作を可能とする次世代ナノエレクトロニクスの基盤技術創出を目指します。
3. 原子層薄膜を用いた光応答型・高精度分子センシング
現在、分子特定には大型の分光装置が必要ですが、小型センサで簡便に電流検出ができれば、医療や環境、農業分野に革新をもたらすことができます。分子には最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)があり、そのエネルギー差(ΔE)は分子固有の物理量です。分子がΔEに等しい光エネルギーを吸収すると電子と正孔が生成されるため、光を掃引しながら電気信号を測定すれば、分子種を特定できます。本研究では、原子層数層の二硫化モリブデン(MoS2)原子層薄膜を用いた電界効果トランジスタを作製しました。従来のMoS2センサは分子吸着に伴う電流変化のみで判断するため識別能に欠けましたが、本研究では「特定の光を照射した際の光応答電流」を測定する手法を導入しました。実験の結果、銅フタロシアニン分子を吸着させた薄膜に対し、そのΔEに相当する1.76 eVの光を照射した際、特異的な光応答電流が発生することを世界で初めて実証しました。この成果により、電気的に簡便かつ高精度な分子特定が可能となります。将来的には、体内物質を常時監視するウェアラブルデバイスによる疾患の早期発見や、有害ガス検知、植物の生育モニタリングなど、多様な社会課題を解決する次世代センシングシステムへの応用が期待されます。

図. A)分子が、最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)のエネルギー差に
等しい光を吸収すると、HOMOには正電荷をもつ正孔が、LUMOには負電荷をもつ
電子が生成される。B)MoS2電界効果トランジスタに銅フタロシアニン分子を吸着
させ、1.76電子ボルトの光を照射すると、光応答電流が観測される。C)銅フタロ
シアニン分子が吸着する前と吸着した後の光応答電流。
4. 分子の吸着挙動・運動制御に基づく表面化学反応のナノスケール操作
本研究では、固体表面における分子の吸着・拡散・反応という一連のプロセスを原子レベルで掌握し、それらを能動的に操作することで、革新的な表面化学反応制御の実現を目指しています。
研究の基盤となるのは、走査型トンネル顕微鏡(STM)による極限計測です。単一分子の吸着配向や電子状態をリアルタイムで観測するだけでなく、探針を用いた原子操作により、分子を狙った反応サイトへ誘導したり、原子・分子構造を特定の反応に有利になるようにコントロールする、といったナノスケールのプロセスを行います。また、気体分子の並進運動エネルギーや内部状態を精密に規定できる超音速分子線技術を利用することにより、特定の運動エネルギーを持つ分子を表面へ入射させ、従来の熱過程では越えられなかった反応障壁を物理的に突破させる「エネルギー選択的反応制御」を可能にします。
さらに、固体表面への外部電圧印加による制御を組み合わせることを計画しており、この点が本研究の大きな特徴です。電界効果トランジスタ(FET)構造等を利用して表面のフェルミ準位や電荷密度を動的に制御することで、吸着分子との電荷移動や相互作用の強さを自在に変調します。
これら「STMによる局所操作」「超音速分子線による衝突エネルギー制御」「外部電界による電子状態変調」という三位一体のアプローチにより、分子の運動と反応経路をナノスケールで完全に支配することに挑みます。本研究は、高効率な次世代触媒の設計指針を提示するのみならず、原子・分子をビルディングブロックとしたボトムアップな機能物質創生のための新たな学理を構築します。