研究内容
体内では多くの細胞や分子が相互作用しながら、多様な機能を発現しています。単一細胞レベルでも、蛋白質・核酸・糖などの様々な分子が相互作用しています。それらの生体分子について正確に理解するには、それらの挙動や機能を他の生体分子との相互作用が保たれた状態、すなわち生きた状態で観察することが重要です。
当分野では、有機化学・高分子化学・蛋白質化学等の技術に基づいて新たな機能性分子を設計・合成し、光を使った生体分子の可視化技術や機能制御技術を開発します。具体的には、酵素活性や細胞内シグナル伝達などの生体機能を選択的に検出する蛍光プローブや、光照射によって結合の切断や構造変化を引き起こすケージド化合物・フォトクロミック化合物を用いた酵素や受容体の活性制御技術の開発などを行っています。
これらの機能性分子を蛍光顕微鏡観察と組み合わせることにより、生きた状態における生体分子の機能や疾患機構の本質に迫ります。このような化学に基づく生物学研究はケミカルバイオロジーと呼ばれ、目的に合わせた機能を持つオリジナル化合物を独自に設計できるところが特長です。
進行中の主な研究テーマ
細胞内局所の生体分子ダイナミクスの可視化
細胞内をより詳細に見るための技術の進歩は目覚ましく、超解像蛍光顕微鏡などを用いることで細胞内オルガネラの微細構造なども観察できるようになってきました。しかしながら、オルガネラ内で様々な生体分子が実際にどのように動き、機能しているかについては驚くほど分かっていません。その理由としては、オルガネラ内の分子を選択的に検出し、その動態を調べる技術が未だに発展途上であるからです。こうした技術的課題に対しては、この20年ほどの間、有機合成化学にバックグラウンドを持つ化学者と蛋白質工学の技術を持つ生化学・生物物理学者が、それぞれ合成分子と蛋白質という異なるマテリアルを用いたアプローチで取り組んできました。しかしながら、どちらにも長所と短所があることから、両者の長所を併せ持つ機能性マテリアルは、医学・生物学研究においてブレイクスルーを生み出す強力なツールとなることが期待できます。当研究室では、有機分子を蛋白質と組み合わせることで細胞内の様々な環境内で機能する分子の動態を高い時間・空間分解能で定量的に解析する技術の開発に取り組んでいます。特に細胞内のイオンや酵素活性を標的とした分子プローブの開発を行っています。
生細胞内・生体内分子機能の光操作
細胞内の生理活性分子の機能を調べるもう一つの手法は、特定の分子の局在・量・機能に摂動を与えて、その細胞応答を観察する手法があります。薬物を用いたこのようなアプローチは薬理学と呼ばれ、古くから医学・生物学における重要な研究手法の一つでした。近年、この薬理学的手法を光技術と組み合わせることでさらに高度に発展させた手法が注目されています。蛍光顕微鏡を用いると、特定の波長の光を、細胞内の微小領域に当てることができます。もし、光を当てたところに特定の蛋白質を集積させたり、その機能を活性化あるいは不活性化することができれば、光を照射した細胞と照射していない細胞の応答を同時に観察することで、生きた細胞内の分子の機能を精密に調べることができます。当研究室では、光によって不可逆的に機能を制御できるケージド化合物と、可逆的に制御できるフォトスイッチ化合物の二種類の機能性分子を設計・合成し、生体分子機能の光制御技術の開発に取り組んでいます。
バイオ直交反応活性化システム
テトラジン付加環化反応は、極めて速い反応速度をもつバイオオーソゴナルな「クリック」反応として知られています。私たちは、テトラジンの置換基同士をクリッパブルなリンカーでつなぐことで、刺激に応じて活性化できる新しいテトラジン化合物を開発しました。このリンカーは、光や酵素といった刺激によって切断され、化合物が活性化されます。分子設計を工夫することで、生体機能を高い時空間的精度で制御することが可能になります。