研究の背景(詳細)
高分子材料は、金属・ガラス・セラミックス材料に比べれば歴史は浅い反面、近年になって高分子そのものの改良や高分子と無機物などのハイブリッド化の技術も進み大発展を続けています。自動車関連はもちろんのこと、宇宙・航空機、家電、コンピューター、携帯電話、衣料、医療、土木建築材料、包装材料などハイテク製品から日用品に至るまで高分子関連材料の無い生活は考えられません。今後、高分子関連材料にかかる期待はますます大きくなっていくでしょう。
近年、高分子鎖の「一次構造」(化学構造、立体構造、分子量と分布、末端基、ブロック・グラフト、シーケンスなど)の制御が飛躍的に発展しています。このような高分子鎖自体の制御が高分子材料の様々な物性(例えば、力学物性、電気特性、熱的性質など)と直結してれば話は簡単なのですが、現実には、必ずしもそうとも言えないのです。この理由は、高分子材料内に相分離構造、結晶・球晶構造、非晶構造などの「高次構造(または不均一構造)」が存在し、これらが物性に大きな影響を与えるからです。この不均一構造の存在と(後述する)階層性こそが、単なる構成成分の足し合わせでは説明できない(つまり“1+1=2”ではなく“1+1≧2”となるような)特異な物性を(時として)生む原因であり、だからこそ、高分子材料は興味深く奥が深いとも言えます。つまり、不均一構造を精密に制御できれば、あるいは、不均一構造と諸物性との関係が分かっていれば、現在のものよりもずっと高機能・高性能な新しい高分子機能材料を作り出す事も夢ではありません。
しかし、現実に目を向けてみると、世間で一流と言われる企業においてさえ、材料開発において「作っては物性を評価し、また、作っては…」の繰り返し、つまり、試行錯誤による経験的なアプローチが未だに主流を占めているようです。これは、上で述べた「不均一構造と諸物性との相関関係」が明確になっていないことが主たる原因でしょう。高分子材料設計におけるこのような“ジレンマ”は、古典的な高分子ブレンド材料(何種類かの高分子を“ブレンドした”比較的シンプルな材料)だけではなく、無機物や金属を高分子に分散させた“有機/無機ナノハイブリッド”材料、固体高分子形燃料電池など、高分子関連の最先端材料においても等しく見られる傾向と言えます。
このような材料設計における明確な指針の欠如は、材料の物性を測定することが比較的容易であるのに対して、不均一構造を正確に評価・解析することが困難であることに原因があると思われます。つまり、材料開発には材料評価技術の基盤技術の先鋭化は欠かせないということです。これまで不均一構造の観察・解析のために様々な手法が提案されてきており、大きな成果を挙げています。しかし、材料内の不均一構造を目で“観る”ことを可能とする顕微鏡法においてすら、つい最近まで(本来3次元である構造を)2次元投影像しか観察できかったことなど、評価・観察法として制約が多かったことも事実です。本研究室では、不均一構造は本来3次元構造であるから、これらを“3次元のまま”実像で観察するのが一番手っ取り早い、という立場を取ってきました。高分子材料の不均一構造では、小さな構造要素が相互作用によりさらに大きな構造体を作る(すなわち、階層的な構造を作る)ことが多いので、このような階層的材料の開発にはナノメートルからミリメートルまでの広範な空間スケールでシームレスに3次元観察・解析を可能とする最新の顕微鏡法(ここでは総称して“3次元イメージング法”としましょう)の開発が必要です。このことが、本研究室が世界に先駆けて3次元イメージング法の開発を精力的に進めてきた理由であり、その先駆的な成果は、ドイツ顕微鏡学会国際賞「ERNST-RUSKA-PRIZE 2007」の日本人初めての受賞(2007年)、「第6回産学官連携功労者表彰文部科学大臣賞」(2008年)や「日本顕微鏡学会 学会賞(瀬藤賞)」(2012年)の受賞など、国内外で広く認知されるところとなっています。
最近は、上記の3次元イメージングに加え、高分子一本の直接可視化にも取り組み始めています。上記の高分子関連材料の基礎となるのは、高分子一本の形態や他の高分子との相互作用であり、高分子一本の3次元形態を直接観察することは、高分子科学の多くの未解問題の解明にも繋がる基礎的な研究でもあります。
また、近年、“有機/無機ナノハイブリッド”材料が社会の広範囲に使われるようになってきています。例えば、日本企業の地道な技術改良で開花した炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、最新の航空機の機体製造において胴体や翼の一部などの重要部位で金属合金を置換し、軽量化と燃費向上に大きく寄与しています(ボーイング787など)。材料の複合化は、このような輸送機器分野だけでなく、耐熱性・電気特性・耐サージ性・気体透過性など様々な特性を材料に付加し向上させる有力な手段であり、今後ますます発展していくでしょう。このような複合材料の諸特性は、多くの場合、素材の単純な足し合わせとなりません。それは、複合材料には異なる素材が接する界面が常に存在するからで、高分子(ソフトマテリアル)と無機材料(ハードマテリアル)との複合材料の場合、このソフト/ハード界面における「接着・接合・剥離」を理解が重要となります。しかし、ソフト/ハード界面をナノスケールから理解しようとする研究はあまりありません。本研究室では、異種の物質が接する界面に対する原子分解能の構造解析を通じて、接着の基礎を解明する試みも行っています。
さらに、材料の開発において、静的な構造だけを対象とするのは不十分です。材料は、外部から様々な外場(力場、電磁場など)がかかる状況で使用されます。したがって、試料が変形した状態での構造観察も必要となります。本研究室では、試料に変形を加え、不均一構造の変化を「その場」で観察する電子顕微鏡手法の実現なども行っています。
最後に、私たちの研究の目的は、あくまでも高機能な高分子複合材料の開発であり、そのための基礎的・科学的知見の探求(つまり、不均一構造と諸物性の相関関係の解明)が最終的なゴールです。複雑な材料の開発のためにも、高分子ブレンド系やブロック共重合体といった最も基本的な実験系における自発的な構造形成(難しい言葉で“自己秩序化過程”と言います)の基礎を知ることが必要であり、これらの自己秩序化過程・構造について分子論まで立ち返った基礎的・学術的な研究を欠かすことはできません。本研究室の“背骨”は、このような基礎研究であり、これまでの基礎的な研究で得られた業績に対して「高分子学会WILEY賞」(2006年)や「高分子学会 学会賞」(2017年)が授与されています。