II-VI族酸化物半導体ZnOにおける励起子領域
の光学スペクトル 

Excitonic optical spectra of ZnO, a group-II oxide semiconductor

■はじめに

 酸化亜鉛(ZnO)は古くからバリスタ・圧電素子・蛍光体・透明導電膜・化粧品などに用いられてきました。光半導体素子応用は窒化ガリウム(GaN)に遅れをとっていましたが、96年には単結晶エピタキシャル薄膜から励起子散乱・多体効果によって利得が増強された「光励起誘導放出」が相次いで報告されてから低しきい値レーザやLEDへの応用を目指した研究が盛んに行われ、2004年末には東北大学金属材料研究所の川崎雅司教授と塚崎博士、そして電気通信研究所大野英雄教授および秩父教授と尾沼助教他の共同研究成果として窒素ドープp型ZnOとn形ZnOのpinホモ接合ダイオードからの室温発光がNature Materials,続いてJJAP Express Lettersに掲載されました。

ZnOの励起子束縛エネルギはGaNのそれの2倍以上大きく、励起子と電磁波(光子)の連成波である励起子ポラリトンが比較的安定に存在できます。

起子ポラリトンとは励起子と光が結合して両方の性質を併せ持ちながらコヒーレントな状態で物質中を伝搬する連成波のことです。左図に示すように励起子と光の分散関係の交点付近で相互作用を起こし、ポラリトンの上枝・下枝が生成されます。ここで、ωLT(LT分裂量)は波数k =0 でのωLとωTの差であり、励起子ポラリトンの安定性の指標となります。

この励起子ポラリトンを共振器モードと結合させた場合、励起子と光の結合力(ラビ分裂量:ΩRabi)は、半導体微小共振機としては最大の 191meVに上ります。近年の進展著しい酸化亜鉛エピタキシャル成長技術を用いることにより、ポラリトンのボーズ凝縮に基づくコヒーレント光源(ポラリトンレーザ)の室温動作を実現できる可能性があります。詳しくは、Semicon. Sci. Technol. 20, S67 (2005). を参照して下さい。


■ZnO薄膜の光学特性

SCAM 基板上のZnOエピタキシャル薄膜のPRスペクトル
[Appl. Phys. Lett. 80, 2860 (2002).)]
ZnOの吸収係数は、振動子強度の大きさを反映して 106cm-1と大きいため、励起子構造の観測には反射(OR)測定や電界変調反射(PR)測定が有効です。左図に、面内格子不整合率が0.09%の(0001) ScAlMgO4(SCAM)基板上にレーザ分子線エピタキシ(L-MBE)成長したZnO薄膜の、E⊥cに近い偏光条件でのPRスペクトルを示します。上段から測定データ、3つの励起子遷移を考えた波形フィッティング結果と、その過程で得られたA, B, C励起子の成分を示しています。矢印は励起子遷移エネルギ(EA, EB, EC) を表し、垂線両側の縦線は各励起子の縦波・横波のエネルギ、すなわち励起子ポラリトンの上枝 (UPB)と下枝(LPB)のエネルギーを表しています。ωLT(LT分裂量)はA, B, C励起子の順に大きくなっています。

試料は、東北大学 金属材料研究所 川崎研究室より提供いただきました。

バルクZnO単結晶及びエピタキシャル薄膜の偏光反射(OR)、偏光変調反射(PR)、PLスペクトル
[Appl. Phys. Lett. 80, 2860 (2002); 84, 1079 (2004).]
 (a)に、バルク単結晶のOR及びPRスペクトルを、 (b)にバルク単結晶及びL-MBE法により成長したエピタキシャル薄膜のPLスペクトルを示します。各励起子ポラリトンの偏光反射スペクトルは光学選択則に従っています。
 ZnOのB励起子のωLTはGaNよりも約1桁、GaAsよりも約2桁以上も大きく、バルクにおいても励起子と電磁波の相互作用が大きいことが分かります。
 エピタキシャル成長技術の向上により、MBE成長薄膜からもA及びB励起子ポラリトン発光が観測されています。

■L-MBE成長ZnO薄膜の時間分解 PL及び陽電子消滅法による評価

L- MBE成長ZnOエピタキシャル薄膜および
バルク単結晶の室温における
自由励起子発光ピークエネルギでのTRPL信号
[Appl. Phys. Lett. 82, 532 (2003).]
室温における発光効率ηと、非輻射酸結合中心密度と逆相関する発光寿命τ、点欠陥の種類・サイズ・密度の関係を把握することは、非輻射性欠陥種の同定を行いそれを排除して効率の改善を図れるだけでなく、再現良くp型 ZnOを形成するための一助となると考えられます。
室温における時間分解PL(TRPL)測定結果*と単色陽電子消滅測定結果を比較することにより、発光寿命と欠陥密度の相関関係を明らかにしました。右図にSCAM基板上に酸素面成長させたZnOの、室温における自由励起子発光ピークエネルギでのTRPL信号を示します。成長温度Tgを 570℃から800℃に上昇させるに従ってτnrが46psから110psに増加しました。

*非輻射再結合寿命τnrが支配的。τnrが長いほど発光効率は高くなります。

L-MBE成長ZnOエピタキシャル薄膜における
Sパラメータの陽電子打ち込みエネルギ依存性
[J. Appl. Phys. 90, 181 (2001).]
同試料のSパラメータの打ち込みエネルギE依存性を示します。一般に、ZnOにおいては負に帯電した空孔型欠陥(Zn空孔:VZn)が陽電子捕獲中心として働くため、Sパラメータの値が小さいほど、VZnの密度が低い、もしくはサイズが小さいこと示します。ZnO薄膜のSパラメータを表すE=7-15keVの平坦部に注目すると、Sパラメータは約0.435から 0.426に減少しました。
以上の結果は、Tg上昇によりVZn密度が低減され同時に非輻射再結合中心密度も減少したことを意味しています。

ZnOエピタキシャル薄膜における
(a)PL寿命τPLSパラメータ、(b)τPLLdの関係
[Semicon. Sci. Technol. 20, S67 (2005).]
点欠陥総量が陽電子の拡散長Ldに反映されます。すなわち、Ldの値が小さいほど、陽電子の捕獲・散乱中心総量が少ないこと示しています。

τnrLdに強い相関が見られたことから、、VZnと何らかの欠陥の複合体が非輻射再結合中心の起源であることが示唆されました。

L-MBE成長ZnOエピタキシャル薄膜における
τPLの成長条件・熱処理条件依存性
[Semicon. Sci. Technol. 20, S67 (2005).]

左図の試料群は、全て高温アニールセルフバッファ層(high-temperature-annealed ZnO self-buffer layer on SCAM substrates:HITAB structure)を用いて成長されています。
成長後の降温速度と雰囲気(圧力)を変化させることにより、非輻射再結合中心の混入を抑制することに成功しました。

最長寿命(3.8ns)はバルク単結晶の値(970ps)よりも長く、発表時点での世界最長記録です。
■HITAB上ZnO薄膜の光学特性

HITAB上ZnO薄膜の低温PLスペクトル(赤線)
バルク単結晶の低温PLスペクトル(青線)
[J. Appl. Phys. 99, 093505 (2006).]
HITAB挿入により高品位化されたZnO薄膜(HITAB上ZnO)の低温PLスペクトルです(赤線)。比較として、バルク単結晶のスペクトル(青線)も示しました。

注意 測定した試料は、最長寿命(3.8ns)の試料ではなく、室温のPL寿命が1.3nsのものです。
(成長温度 : 850℃, 冷却レート : -10℃/min, 圧力 : 10-6 Torr)

両試料ともに、3.36eV付近に鋭い束縛励起子ピーク群が観測されています。HITAB上ZnOではターゲット由来のIII族不純物による中性ドナ束縛励起子発光が支配的となっていました。

高エネルギ側にはA、B励起子ポラリトン発光や自由励起子の第一励起状態による発光も観測されました。バルク単結晶と比較すると、HITAB上ZnOの方が明瞭に観測されていることが分かります。

特にA励起子ポラリトン発光が上枝と下枝に分離して観測できたのは薄膜ではこの試料が世界で初めてです。^^)v

これらの結果から、結晶の均一性や純度が極めて高いことが分かりまた。

PLスペクトルの温度依存性
[J. Appl. Phys. 99, 093505 (2006).]
PLスペクトルの温度依存性です。
低温では束縛励起子発光が支配的であったものが、昇温すると不純物からの束縛が解け、100K以上ではA、B自由励起子発光が支配的になりました。

発光ピークは低エネルギ側へシフトし、強度は減少しました(図では、見やすくするためにスペクトルを縦方向にずらしています)。

波長積分PL強度の温度依存性
[J. Appl. Phys. 99, 093505 (2006).]
バンド端発光の波長積分PL強度を、温度の逆数でプロットしました(アレニウスプロット)。

ここで、ある温度での積分強度を低温のもので割った値を等価内部量子効率(ηeqint)として定義すると、室温における等価内部量子効率は6.3%という非常に高い値が得られました

因みに、これをGaNの値と比較すると、転位密度(1011から106cm-2)に応じて変化しますが、0.1〜2.6%ですので、HITAB上ZnOはGaNよりも約3倍も大きいということになります。


なぜこれほど効率が高いのか?
再結合ダイナミクスがこれを明らかにしてくれます ^^)v

時間分解PL信号の温度依存性
[J. Appl. Phys. 99, 093505 (2006).]
時間分解PL信号の温度依存性です。

ご覧下さい、室温まで寿命が伸び続けています!!

いったい何が起こっているのでしょうか?
二準位系励起子再結合モデルを使って解析しました。

光励起により生成された励起子は輻射と非輻射再結合過程により減少し、レート方程式は次式で表されます

dn/dt = - n/τR - n/τNR

ここで、τRは輻射再結合寿命、τNRは非輻射再結合寿命です。そして、発光寿命と内部量子効率により以下のような関係式で表されます。

1/τPL = 1/τR + 1/τNR
ηeqint = 1/(1+τRNR)

この二式を使うと、τRとτNRを導き出すことができるのです。

PL寿命(τPL)、輻射再結合寿命(τR)、非輻射再結合寿命(τNR
の温度依存性
[J. Appl. Phys. 99, 093505 (2006).]
PL寿命(τPL)黒○、輻射再結合寿命(τR)青○非輻射再結合寿命(τNR)赤△の温度依存性です。

低温ではτRが支配的で、輻射寿命は温度の1.5乗に比例して増加しました。
この結果は励起子が三次元空間に分布していることを示します。
一方で、τNRは昇温に従って減少しました。

175Kあたりで、τRτNRの大小関係が逆転していますが、室温付近まで、τRτNRと近い値を示しています。これは、輻射再結合過程が室温でもかなりの割合で起きていることを示しています。

これが、室温で6.3%という非常に高い等価内部量子効率となった原因だったんですね。^^)v

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