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概要

TAGEN FOREFRONT 05

FOREFRONT REVIEW04TERM INFORMATION状態図たとえば水は1気圧下の0℃で凍って氷となり、100℃で水蒸気になる。このように物質は温度や圧力など、外部の環境の変化によって様々な状態を取ることができる。状態図とは、このような環境の変化による物質の状態の変化を示す図のことであり、一般には組成と圧力、温度などが軸に用いられる。英語のphasediagramに対する相図という言葉とほぼ同義であるが、もともとはドイツ語のZustandsdiagrammを訳したものと考えられる。物質の地図という指標を描き新しい物性を探る大谷教授は指摘します。つまり状態図の作成を実験ではなく、計算によって導き出そうという考え方が現れたということです。実験によって状態図を作る限界実験状態図が発展してきた経緯は、産業革命が起きて工学が市民権を得てきた時代の流れと軌を一にします。そして1950年以降の様相の変化とは、戦後再び産業が復興してきて、それまでのように2種類の元素の組み合わせだけではなく、元素が多い合金をつくる場面も出てきた。すると、すべてを実験によって検証して状態図に落とし込むことが困難になってきた、という時代の移り変わりが見えてきます。「実験での状態図の作り方の基本は、熱分析という単純な方法。試料に熱を加えていくと比熱が違うところで温度の上がり方が変わる。その変わった点を地図に書いていく。いろいろな組成について精査していって線をつくる。だから非常に時間がかかります」と大谷教授。さらに続けて「たとえば80種類の有用な元素から2つを選択するとしてほとんど無限の組み合わせが出てきます。その逐一について原子の濃度を変えたり、熱処理の温度を変えたりすることになると、ほとんど人間の力の及ばない探索の仕方になる」と、話します。コンピュータ計算による状態図の作成。多元素の合金や化合物を新規に作成する場合に、実験によって、たとえば物質の温度と相の関係を判断し、化合物の組成割合を決め、どんな状態で化合させるのか、逐一データを取りながら、いくつものサンプルを用意するなどの多数の段取りが必要になる。コンピュータ計算による状態図作成は、そうした手間ひまを合理化することが可能で、より迅速に指標を定めることができる。量子力学材料開発の指標となる状態図の作成材料物性を調べたり、新規な材料開発を行う際に、その研究に不可欠な、ひとつの指標があります。状態図と言われるものです。物理学では相図とも言います。物質の状態(固体、液体、気体の3つの状態)と熱力学的な温度・圧力・組成などの量との関係を表したもので、言わば「物質の地図」のようなもの。大谷教授は、学生の頃からこの状態図の作成に取り組んできました。大谷教授の研究アプローチを理解するために、以下簡単に状態図の歴史を振り返ります。状態図に関する研究論文は1900年代になって急激に増加しますが、これらはすべて実験により得られた数値から作成されたものです。ところが1950年を過ぎた頃から、「実験状態図」ではなく「計算状態図」の時代になった、と量子力学とコンピュータの時代の到来「私がやっていることは計算材料科学という分野。もっと具体的に言うと、電子論計算で状態図をつくるということ」と大谷教授は説明します。ここで、時代背景としてもうひとつポイントになるのは、量子力学とコンピュータの発展ということです。20世紀に入って、量子力学が提唱され、原子のまわりにある電子の状態を記述するシュレディンガー方程式が発表されました。しかしこの方程式を解く手法がありませんでした。解析的にそれを解けるのは水素原子ぐらいで、それ以上のものは計算機を使わなければ解く手法がなく、かといってインフラも整っていませんでした。2000年以降になり、多原子状態の計算をする手法が確立され、同時に高速、膨大な計算処理が可能なコンピュータが実現されてきました。スーパーコンピュータが国家事業として整備され、また研究室レベルでも相当程度高性能なコンピュータを備えられるようになりました。原子や電子、光など1000万分の1ミリメール以下の世界を取り扱う物理学の大分野を量子論という。この分野では、ミクロ世界の運動を量子論に基づいて記述するため、その運動を表現する数学的手段が量子力学とよばれている。シュレディンガー方程式は、量子力学の基本方程式の一つである。これに対して、量子論が誕生する以前の物理学の運動方程式はニュートン力学により記述されていた。シュレディンガー方程式電子などの物質粒子は同時に波としての性質を示すことが、ド・ブロイによって明らかにされた。この粒子の波動性を表現する量子力学の基本方程式を波動方程式(シュレディンガー方程式)という。この方程式から得られる解の絶対値の2乗はその位置での粒子の存在確率を表している。スーパーコンピュータ計算によって作成した鉄鋼の状態図。状態図とは、たとえばH2Oであれば、圧力と温度でとりうる状態、すなわちよく知られた水の3相を示したものとして表現される。多元素化合物の状態図を、実験によってデータを取り作成するのは、非常に時間がかかる。示した状態図は、コンピュータ計算によって作成したフェライト系ステンレス鋼の状態図で、実験で得られたデータと合致していることが確認された。「目を凝らし、耳を澄ませば、読み取ることができるもの」を探して「世界に、既に書かれ、詠われ、描かれたものたちは、未だに私たちの周囲に息を潜めて、見出され、読み解かれるのを待ち望んでいる」。大谷教授は、自分の中に深く刻まれているメッセージとして音楽家武満徹の言葉をあげた。芸術に限らず、物質でも考え方でも、地球上にあるいろいろなものは、ふだんはひっそりと身を潜めていて、見つけられることを待っている。それを才能のある人たちが見つけ出して、私たちの共有の財産として目の前に現してくれる。教授はこの言葉をそうとらえている。何かのきっかけでその場面に遭遇したら、今までなかった、今まで目に見えなかった物質と会うことができるかもしれない。教授はよく学生にそんな話をする。MY FAVORITE「ようやく量子力学に基づく電子論の計算が材料の開発に使えそうだということがわかってきた時代」と大谷教授。多くの時間を費やして、さまざまな方法論による実験を通して作成していた状態図について、コンピュータができることはコンピュータにさせて、より迅速に目的に到達できるようにしていこうという研究アプローチが登場してきたということになります。世界の計算材料科学という面では、2011年オバマ政権が米国マテリアル・ゲノム・イニシアチブ(MGI)を立ち上げました。豊富な経験と知識を持つ人材が少なくなり、材料科学の地盤沈下が現れ始めていた米国において、あまり経験がなくとも同じように開発できる材料開発のためのソフトウェア作成プロジェクトを巨額の予算をつけて、開発スピードを10倍20倍にしていこうと動き始めました。「EU諸国においても同様のプロジェクトが進められています。日本でも材料開発系の文科省、経産省プロジェクトが展開され、米国・ヨーロッパ・日本が競い合っている状態です」。計算科学研究において、米国、ヨーロッパ、日本が競い合っている。日本では、世界最高速のスーパーコンピュータ「京」を運用する独立行政法人理化学研究所計算科学研究機構のほか、文科省の希少元素を用いない革新的な代替材料の創製を行う「元素戦略プロジェクト」、経産省の「希少金属代替材料開発プロジェクト」などが動いている。大規模で演算速度に優れた計算機をスーパーコンピュータと称する。膨大な計算処理が可能であり、量子力学や気象予測、天文物理学などの高速かつ膨大な処理を要する分野で活用されている。文部科学省次世代スーパーコンピュータ計画の一環として開発された「京(けい)」コンピュータは日本を代表するスーパーコンピュータの一つである。MGI2011年に米国オバマ大統領が立ち上げた「先端製造業パートナーシップ(AdvancedManufacturingPartnership:AMP)」は、質の高い製造業での雇用の創出と米国の国際競争力を強化する先端技術の開発と事業化のための国家的な取り組みである。この中で、先端材料の開発期間の短縮を狙う分野としてマテリアル・ゲノム・イニシアチブ(Materialgenomeinitiative)が推進され、コンピューティングツール+ソフトウェア、データベースの開発・整備の構築が目的となっている。文科省、経産省プロジェクトレアアースをはじめとする資源に恵まれない我が国は、その供給をほとんど輸入に頼っている。しかし戦略的な輸出枠規制などの問題が生じたことから、平成19年度から文部科学省を中心に元素戦略プロジェクトが展開されてきた。これらの成果をさらに材料創製まで結びつけるべく、文科省、経産省がガバニングボードを設置して府省の壁を越えた研究拠点を形成し、磁石や触媒、電子材料や構造材料の開発を行うプロジェクトが立ち上げられ、画期的な研究成果が挙げられている。25 TAGEN FOREFRONTTAGEN FOREFRONT26