村松淳司・これまでの研究概要

1.モリブデンナノ粒子の触媒化学的研究(昭和57年〜63年)
 Fe, Co, Ni等の金属触媒はその高い水素化活性がよく知られているが、他の金属においてもその表面を制御することにより、同様な水素化活性あるいは特徴ある反応選択性を示す、新規な触媒材料になる可能性がある。モリブデンは従来は水素化活性に乏しく、各種水素化反応においても特徴ある選択性を示すことはなかった。そこで、研究では、SiO2等のポーラスな酸化物表面上に、数nmのモリブデン金属を析出させ、その表面特性の制御を目的とした触媒化学的研究を行った。その結果、まず下地の酸化物担体の性質を精密に制御することにより、モリブデンとの電子的相互作用を促進させることにより、モリブデンナノ粒子の電子状態を準安定的なMoO2-x(x=0.2 - 0.8)にすることに成功した。さらに、表面にもう一つの金属状態のモリブデンナノ粒子を形成させ、2種のモリブデンの存在により、従来不可能とされた、合成ガスからの混合アルコール合成触媒に応用した。すなわち、COとH2それぞれの解離吸着を金属モリブデン上で、COの非解離吸着とヒドリドあるいはアルキル基へのCO挿入をMoO2-x種に役割分担させるような触媒設計を行った。研究で得られた新規なモリブデン触媒は現在ガソリンのオクタン価向上剤(混合アルコール)製造用工業触媒として用いられている。なお、本研究の過程で新規な触媒プロセスをも提案した。さらに、混合アルコール合成用、Ni-Mo合金ナノ粒子触媒の新規調製法を確立し、その生成機構を明らかにした。
2.液相還元法による合金ナノ粒子の合成とその触媒作用に関する研究(昭和63年〜平成3年)
 気相法による合金超微粒子の合成は盛んに行われているが、その金属種の組み合わせには限界がある。液相法においては複数の金属イオン存在下、還元剤を作用させることにより、極めて多くの合金超微粒子を合成できる可能性がある。しかしながら、現実には、還元反応速度の違い等の理由から合成できる合金粒子の種類には制限があった。この研究では、より還元されやすい金属としてニッケルと、溶液中では液相還元されにくい金属として亜鉛を例として、ニッケル−亜鉛の合金超微粒子の合成研究を行った。その結果、ニッケル核を最初に生成させ、それに吸着した亜鉛イオンを金属ニッケル上で解離した原子状水素が還元するような反応系、すなわち亜鉛の還元をニッケルが触媒する反応場を構築することにより、最終的にアモルファスNi-Zn合金ナノ粒子を得ることに成功した。また、その触媒能は従来のNi触媒よりも高く、工業的にも利用できることを明らかにした。
3.界面の性質を利用した微粒子の分級に関する研究(昭和63年〜平成3年)
 数十μm以上の粒子の分級には種々の手法があるが、ブラウン運動が支配的になる微粒子レベル(数μm)以下の粒子では効率的な分級法はなく、従来は遠心分離のような高エネルギー・低効率の手法をとらざるを得ず、従って、付加価値の高い粒子のみが扱われた。研究では、界面電気現象を分級に利用する全く新しい試みをおこなった。すなわち、凝集速度や電気泳動速度が粒子径に依存するような溶液系にし、ヘマタイト粒子の分級実験を行い、それが予め予測した通りの分級結果となることを示した。
4.水溶液中の粒子の分散・凝集挙動の解明(昭和63年〜現在)
 鉱物処理過程や製錬過程等で生成される水酸化物ゲルは不純物として溶液から除去する必要があるが、その生成機構や溶液中における分散・凝集挙動については未だ不明な点が多い。研究では、水酸化鉄ゲルの分散・凝集挙動について、凝集はSchulze-Hardy則に従い起こることを明らかにし、またHamaker定数の解析等を行った。さらに、その生成機構を理解するため、所内の共同研究によりX線異常散乱(AXS)や EXAFSを用いて水酸化物ゲルの金属原子の周辺構造を解明する目的で行ない、水溶液中における周辺構造がゲーサイト構造をとっていることを初めて明らかにし、さらに光トラッピング技術を用いて、継続的に研究している。
5.溶液中からの単分散酸化物微粒子の新規な合成法の開発とその生成機構に関する研究(平成3年〜現在)
 正確に形状と粒径が揃った、0.1〜5μm程度の金属微粒子や金属酸化物、金属硫化物等のセラミックス微粒子を合成する試みはこれまでに数多くなされているが、いずれも水溶液からの粒子生成反応を利用した液相法が主流である。液相法は、気相法に比べて形状と粒径の制御が極めて容易であることが最大の特長であるが、希薄溶液中でのみ製造することが可能であり、高濃度溶液からの製造は極一部の系を除いて不可能であった。素材に対してより精密な形態の制御が要求されるようになった現在、精密な制御が可能であるという液相法の特長を生かしつつ、生産性の向上を目指すことは素材工学上、重要でかつ急務の課題である。研究では、ヘマタイト粒子合成を例に取り、濃厚水酸化鉄ゲルからの単分散ヘマタイト粒子合成における生成機構研究を行った。さらに、種々の形状制御物質の効果やその機構を解明すべく、研究を継続中である。
また、ゲル−ゾル法と名付けた本方法をさらに発展させ、一般的な手法に育て上げるために、硫化物あるいは金属粒子の合成研究を行い、CdS, ZnS等の硫化物、Cu2O、CuO等の酸化物の単分散粒子を調製し、その生成機構研究を行った。現在、Ni,Co等の単分散金属粒子の調製に関する研究を行っている。
6.高炉排出ガスの有効利用に関する研究(平成2年〜平成5年)
 高炉排出ガスは、CO,CO2,H2を含んでおり、これを再利用することは、高炉からのCO2排出削減にきわめて有効である。所内の共同研究テーマである、高炉排出ガスからのメタノールあるいはジメチルエーテルの合成研究に触媒化学の立場から参画し、高分散Cu-ZnO触媒を軸に新規触媒調製法の開発や、触媒反応工学的手法を採り入れて、実用化プロセスを提案した。
7.金属ナノ粒子触媒の新合成法の開発とその触媒作用機構に関する研究(平成6年〜現在)
センサーや触媒等に使用するCuやNi, Coの金属超微粒子を単分散酸化物微粒子担体上に選択的に析出させ、触媒性能に著しい影響を及ぼす、それら超微粒子の構造、組成、粒径等を精密に制御する手法の確立を目的として研究を行っている。特にNiナノ粒子は液相還元法により、担体の単分散微粒子上に選択的に析出させることができ、その生成機構を解明した。一方、担体の単分散微粒子上に、Ni(OH)2等の水酸化物ナノ粒子をまず選択析出させ、次に還元処理により、Niナノ粒子を得る手法も考案した。さらには、こうした触媒設計が合理的かどうか、合成した粒子の触媒能を実際の触媒反応による結果と対比させ、判定することで、より高度な触媒設計に関する原理を構築するために研究を推進している。
8.貴金属ナノ粒子の酸化物微粒子表面への選択析出とその触媒への応用研究(平成8年〜現在)
高分散貴金属触媒の調製は通常イオン交換法などを用いて行うことが多いが、2nm程度の高分散貴金属超微粒子を得るためには、担持量を数wt%以内にする必要があり、10wt%程度担持することは不可能であった。本研究では、ヘマタイト、チタニア、ジルコニア等の、20〜100 m2/gの比表面積を有する、よく定義された酸化物微粒子共存下でPt, Pd, Ir, Rh, Ruの貴金属の塩化物塩溶液より、酸化物粒子表面に数nmの貴金属酸化物あるいは水酸化物粒子を選択的に析出させ、水素還元を施すことにより1~2nm,程度の貴金属ナノ粒子を合成する手法、Selective Deposition法を考案した。すなわち、精密に制御した水溶液を100℃で経時することにより、担体粒子に貴金属ナノ粒子を最大20wt%程度選択担持する方法を確立した。また、この手法では貴金属粒子径は担持率に依存せず、20wt%程度の高担持率でも数nm程度のナノ粒子が得られた。これは従来の触媒化学では達成できなかった手法である。また、それらの触媒特性は副次的な逐次反応を抑制するなど、工業触媒として有効であることがわかった。