- 環境科学辞典(荒木ら 1990,東京化学同人)
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塩化水素 Hydrogen Chloride
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HCl、分子量36.46。常温、常圧において無色刺激性を有する気体で湿った空
気中で発煙。冷却すると無色の液体(液化塩化水素)および固体となる。融
点-114.25℃、沸点-85.09℃、液体の比重1.187(沸点)、固体の比重
(d-195)1.503。水への溶解度は0℃で82.31g/100g。メタノール、エタノー
ル、およびエーテルに易溶。完全に乾燥した塩化水素は比較的不活性であ
る。塩化水素の水溶液を塩酸または塩化水素酸といい、純粋のものは無色で
ある。市販の濃塩酸はおよそ36〜37%の塩化水素を含み、比重は約1.19であ
る。水との共沸混合物をつくり、共沸点は108.584℃、塩酸濃度は20.222wt%
である。非金属とはほとんど作用しないが、多くの金属を常温で溶解して水
素を発生する。
環境中濃度の測定データは少なく、都市大気中の全塩化物の濃度として、91.
8〜150μg/m3(東京−千葉・市原市,1969)との報告がある。また、脊椎動物
の胃壁細胞からは塩酸が分泌され、ヒト成人の胃液pHは1.2+2.3(基礎分泌)
である。
天然の発生源として、大気中に浮遊する海水の塩分粒子(海塩粒子)が二酸
化窒素や硫酸ミスとと反応して塩化水素ガスを発生する。また火山が発生源
となる場合もある。人工的には塩化物や塩素を含む石炭、燃料油の燃焼が大
気への塩化水素ガスの発生源であり、塩化ビニル樹脂の焼却、火災の際にも
多量に発生する。塩酸は実験室ばかりでなく、食品、製鉄、医薬品の工場な
どでも広く利用されている。
塩化水素ガスは強力な刺激物質であり、鼻や上部気道の粘膜を腐食し、ただ
れや潰瘍を生じさせるほか、眼粘膜にも刺激を与え、角膜の混濁をまねく。
粘膜刺激は10ppmでみられ、1000ppm以上のガスに数分間暴露されれば致命的
である。塩化水素による慢性的暴露は耐性を生ずるが、咳、痰、嘔吐、呼吸
困難、胃痛のほかに歯の損傷が著しく、門歯の表面に斑点を生ずる。
マウス、家兎を用いた動物実験でも毎日100ppmを6時間呼吸させ50日間は耐
えられるとされているが、粘膜刺激以外に、精神不安定、呼吸促進、血色素
の減少が認められる。許容濃度は、日本産業衛生学会(1983)、ACGIH(1983)と
もに、天井値として5ppm(7mg/m3)とされている。
塩化水素による植物被害として、軽度な場合は葉の一時的なしおれや裏面の
退色化が起こる。重度な障害としては、葉脈間が褐色に変わり、壊死する。
草本植物では、20分間暴露で葉面の10%に壊死をもたらす塩化水素の濃度
(ppm)は、コスモス2.1、マリーゴールド2.8、ヒャクニチソウ4.9、キンセン
カ5.2、アスター9.6である。
塩化水素は、毒物及び劇物取締法で劇物に、労働安全衛生法施行令別表第3
で特定化学物質(第三類物質)に指定されている。大気汚染防止法において
も有害物質に指定され、排出基準が煤煙発生施設別に80〜700mg/m3N(Nは標
準状態)と定められており、また、物の合成、分解その他の化学的処理に伴
い発生するものについては特定物質に指定されている。
排ガス中の塩化水素の分析法は、JISK0107にイオン電極法、硝酸銀滴定法お
よびチオシアン酸水銀(II)吸光光度法が規定されている。いずれも塩化水素
を硝酸カリウム水漿液に吸収させ、pHを約5に調節した後、分析を行う。イオ
ン電極法では塩化物イオン電極を用い電位差測定分析法による。硝酸銀測定
法では硝酸銀を加えた後チオシアン酸アンモニウムで滴定する。チオシアン
酸水銀(II)吸光光度法ではチオシアン酸水銀(II)と硫酸鉄(III)アンモニウム
を加え吸光度を測定する。
- 雄山山頂の赤い湖の謎(化学屋のひとりごと)
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読売新聞のサイトに
http://www.yomiuri.co.jp/feature/dd/20001006dd01.htm
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三宅島火口の2つの湖が赤茶色に変色
火山活動を続ける伊豆諸島・三宅島(東京都三宅村)は、全島避難から一か月余り
たった六日午前も活発に噴煙を上げていた。直径約一・五キロの雄山(おやま)山頂の
陥没火口では、底にある二つの湖が赤茶色に変色しているのが上空から確認された。気
象庁によると、火山灰に含まれる鉄分が溶けだしたものと見られるが、なぜ数日前から
突然、変色し始めたのかは不明という。
また、日量一〜四万トンの二酸化硫黄(SO2)を含む青白色の火山ガスが、ゆっく
りと山腹を下っているのが見えた。風向きによっては、強烈な硫黄臭が鼻をつく。 噴
火の恐れがなくなってもガスの噴出がある限り、島内での復旧作業を行うには危険な状
態が続いているようだ。
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とあります。
気になるのは、赤茶色に変色の部分です。
二価鉄(Fe2+)は酸化して三価鉄(Fe3+)になりますが、前者の化合物はほとんど
が青色系、後者の化合物はほとんど赤色系です。それぞれの水酸化物の溶解度を
比較すると(雨水に近いpH6付近で比較すると)前者の方が圧倒的に溶けやすい
のです(溶解度積から計算できます。[Fe2+][OH-]^2=8.0×10^{-16}、
[Fe3+][OH-]^3=4.0×10^{-38}、いずれも理想溶液とする)。
つまり、二価鉄(Fe2+)は酸化して三価鉄(Fe3+)になると、水酸化物となって沈
殿しやすい。赤茶色に見えるのは、水酸化鉄か、少し結晶化(脱水)が進んだ、
FeOOHであろうと思います(いずれも固体です)。
つまり、赤茶色になったということは酸化されたことを意味しますが、この解釈
はそう簡単ではないです。考えられることは
1)単純空気酸化
水に溶解した酸素によって酸化された。ということはより酸化を受けやすい、
亜硫酸が比較的少なくなったことによる。しかしながら、現在の二酸化硫黄の排
出量をみると、これは考えにくいのではないか。
2)単なる時間の問題
亜硫酸があろうがなかろうが、後述のように時間がたつとどっちにしろ二価鉄
も徐々に酸化反応を受けますので、そのせい?
3)酸化剤による酸化
水に溶解した塩化物イオン(Cl-)は酸化を促進する性質があり、これによって
酸化されている。つまり、火山ガス中の塩化水素の濃度が多くなったのではない
だろうか、ということです。#海に行ったら車を洗おう、と根は同じ
二価鉄(Fe2+)は対アニオンによって錯体を形成するため、酸化への安定性が変わ
りますが、硫酸イオンが存在すると安定な硫酸鉄系錯体ができて酸化しにくくな
り、酸化反応は非常に遅くなります。
代わりに塩化物イオンが存在すると、酸化を容易に受けて三価鉄に変わります。
実際、硫酸第一鉄(FeSO4)は空気中で安定ですが、塩化第一鉄(FeCl2)はちょ
っとでも空気に湿り気があるとすぐに酸化を受けます。
で注目されるのは、3)のケースで、火山ガスの成分変化が起こっていて、HCl
が増えてきている、ってなことはあるんでしょうか? ないんでしょうか?
以上、無機化学と物理化学からの考察でした。
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