硫化水素


化学屋のひとりごと&Dojin(同仁)
H2S(硫化水素)は以前にも書いたように、燃焼性(爆発性)の気体でもあり、燃焼すると、SO2 (二酸化硫黄=亜硫酸ガス)を発生します。酸化還元反応のなかの酸化反応です。
2 H2S + 3 O2 -> 2 SO2 + 2 H2O
この逆反応の、SO2から硫化水素ができることは、ほとんどありえません。
ただし、非常に特殊な条件下では、SO2の不均化反応
3 SO2 -> S + 2 SO3
が進むという報告もありますが、せいぜい、このS(単体硫黄、酸化数は0)までで、H2Sのような強還元性気体まで進むことはないです。
ただし、火山ガスにはH2Sが含まれていると聞いて、正直びびっています。環境基準としては、SO2よりも緩やかですが、いったん吸入すると生体へのダメージは大きいと聞いています。

やはり、Dojinのデータから
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分子量34.08、比重1.19(空気1.00)、融点-82.9℃、沸点-59.6℃、発火点260℃。可燃性で水に 溶ける。無色で、腐敗した卵のような臭気のある刺激性の有毒な気体。高濃度では臭気をあまり 感じなくなるので極めて危険である。空気中の濃度が400ppm以上では生命の危険性がある。含硫 黄タンパク質の腐敗によって生じるので、停滞した汚水から発生するのが見受けられる。天然に は火山ガスにふくまれている。
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#ああ、火山ガスに含まれると書いてある (_ _;)
環境科学辞典(荒木ら 1990,東京化学同人)
硫化水素 hydrogen sulfide
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H2S、分子量34.08、融点-85.5℃、沸点-60.3℃、対空気比重1.19。最も簡単 な硫黄化合物で無色、腐卵臭の刺激性の気体。可燃性で空気中で青色の炎を あげて燃え二酸化硫黄になる。水に可溶、フッ素、塩素、臭素と激しく反応 する。液体硫化水素(無色)は有機化合物のよい溶媒である。有機合成にお ける重要な還元剤、分析試験(金属沈殿剤)、金属の精錬、各種工業薬品、 農薬、医薬品の製造に使用される。
硫化水素を吸入すると血中に移行し、硫化水素が遊離したままで生体に作用 し、細胞酵素のシトクロムオキシダーゼを不活性化するために中毒作用が起 こると考えられている。硫化水素は血中で速やかに酸化され、無害で排泄さ れやすい硫酸塩になるため蓄積作用はないと考えられている。
ヒトの臭いの閾値は、0.0005〜0.025ppm、明瞭に感知するのは0.06ppm、1〜 5ppmでは不快臭が強く、20ppm以上になると結膜炎や角膜障害、200〜400ppm では眼・鼻・上気道に対する灼熱性疼痛(30分間ぐらい耐えられる)、400〜 700ppmでは30分〜1時間暴露で肺水腫が起こり生命に危険、700ppm以上では 頸動脈球(洞)を刺激し反射性の呼吸中枢麻痺で即死すると考えられてい る。急性毒性(LC50)は経気道で、ラット713ppm・1時間、マウス673ppm・ 1時間である。
許容濃度として、日本産業衛生学会(1983)は10ppm(14mg/m3)、ACGIH(1983)は 10ppm(14mg/m3)、米国職業環境大気基準は天井濃度(CL)として20ppm、ピーク 濃度(PK)として50ppm(10分)を示している。 植物に対する硫化水素の毒性は比較的弱い。高感受性のソバ、アスター、 キュウリ、トマト、ハツカダイコンで20〜40ppmの5時間暴露で葉面に可視障 害が発現する。中程度の感受性を示すグラジオラスでは60〜80ppmではじめて 障害が発現する。高抵抗性種にはカーネーション、イチゴ、モモなどがあ る。
硫化水素は労働安全衛生法施行令第3において特定化学物質(第二類物質) に指定されているほか、同報に基づく酸素欠乏症等防止細則において急性の 硫化水素中毒を防止する観点から種々の規制がなされている。大気汚染防止 法において特定物質に指定され、また、悪臭防止法においては悪臭物質に指 定され、敷地境界線におえる規制基準の範囲は0.02〜0.2ppmである。悪臭と しての硫化水素の発生源は、屎尿処理場、畜舎、クラフトバルブ工場、澱粉 工場などである。
一般に分析はメチレンブルー吸光光度法法またはガスクロマトグラフ法で行 う。排ガス中の硫化水素の分析法はJISK0108で硝酸銀電位差滴定法、イオン 電極法、メチレンブルー吸光光度法およびガスクロマトグラフ法が規定され ている。電位差滴定法では、吸収液に吸収後、硝酸銀メタノール溶液を用い て電位差滴定を行う。イオン電極法では、硫化物イオン電極を用い電位差測 定分析法で定量する。吸光光度法では、吸収液に吸収後、p-アミノジメチル アニリンと塩化鉄(III)とを加え、生成したメチレンブルーの吸光度を測定す る(定量範囲は5〜1000ppm)。ガスクロマトグラフ法では、炎光光度検出器 または熱伝導度検出器を備えた装置で定量する(定量範囲は前者を用いた場 合0.05〜3ppm)。なお悪臭防止法の規定では、冷媒に液体酸素を用いて低温 濃縮を行った後、炎光光度検出器付ガスクロマトグラフで分析することと なっている。
Hommmel (ed) Handbuch der gefahrlichen Guiter
H2Sについて、ちょっと古いのですが、1987年発行のHommmel (ed) Handbuch der gefahrlichen Guiterから
185 硫化水素(H2S)
物性
沸点 -60℃
蒸気圧 17.7(20℃)
蒸気密度比(空気=1) 1.19
融点 -86℃
水との混合性 部分的 100mlの水に0.672g(437ml at0℃、186ml at40℃)
分子量 34.08
引火点 可燃性気体
発火性混合気vol% 4.3〜45.5
発火点 270℃
臨界温度 100.4℃
外観性状:無色の気体、甘ったるい、腐卵臭の不快臭、特に危険な高濃度で
無臭
空気中に放置および空気と混合時の挙動:
圧縮ないし液化可燃性気体で非常に有毒。放置された液体は非常に速く気体 状態に移行する。気体放出時急速に大量の冷たい霧と非常に有毒な混合気を 生じ、周囲に広がる。その霧は空気より重く、地表に沿い、這うように動 き、発火の際遠い距離をバックファイヤーすることがある。火災の際、猛毒 の二酸化炭素が生じる。
水中に放置および水と混合時の挙動:
硫化水素は水に溶解する。この溶液上方の空気は爆発の可能性があり、その 場合、硫化水素の強いにおいに気づくようになる。
健康危険:
硫化水素は青酸とほぼ同程度の毒性がある。重症の中毒の場合、衝撃的に起 こる意識喪失に続いて、呼吸麻痺と心機能不全により死亡する。この気体が 低濃度の場合、眼、気道ならびに肺にきわめて強い刺激と炎症が起こる。肺 水腫が起こりうる。肺水腫は2日間までの遅れで現れる点に用心。したがっ て、この気体を吸入したときは、いつでも医師の検査を受けることが必要で ある。その症状は消化器官の側もわかるが、中枢神経系の部分的麻痺の症状 からも認めることができる。
症状:
重症の中毒:意識喪失、呼吸麻痺、けいれん、死 中程度および軽度の中毒:催涙、眼の炎症と痛み、気道の刺激、咳、呼吸困 難、嘔吐、下痢、腹部けいれん、頭痛、意識もうろう、興奮、意識喪失、心 臓律動障害
短時間の作用:
50〜100ppmで1時間後に眼および気道を刺激 200〜300ppmで1時間後に眼お よび気道を激しく刺激。500〜700ppmでは15分以内に、めまい、頭痛、吐き気 など30〜60分後に意識喪失および呼吸停止が起こりうる。700〜900ppmではす ぐに意識を喪失し、2〜3分後には呼吸停止、1000〜2000ppmでは即座に呼吸が 停止する。
臭覚いき値=0.01ppm  MAK値=10ppm
注意事項:硫化水素は多くの金属を腐食し、その際硫化物を生じる。
(村松注:長いので途中略)
水質汚濁:
水生生物に有毒、魚類に対し0.86mg/lから有毒(参考文献あり) 魚類の餌 料動物に対する致死限界量は1.0mg/l(参考文献あり)、大部分の藻類に対し て有毒(参考文献あり) 地下水中に入る(沿岸濾過)場合、この汚染水は 飲料水として使用できない。飲料水用に危険。水質に危険を及ぼす物質で、 水質危険クラスは2、毒性評価数は魚類に対して6.3、バクテリア類5.8、哺 乳動物7(参考文献あり)
(村松注:長いので以下省略)

臭覚いき値とは、純気体に対する一般的な、しきい値であり、目安とお考え 下さい。
MAK値とは、最大許容労働場所濃度(Maximale Arbeitsplatz-Konzentration)のことで、旧西ドイツ連邦政府労働大臣名で 公表されている、「健康に有害な産業用物質災害許容労働場所濃度」のリス トで、1984年版のものを掲載してあるとのこと。
化学屋のコメント
臭覚いき値に注目してください。
硫化水素と二酸化硫黄の混合気体の場合は、非常に二酸化硫黄が多く含まれ る場合を除いて、硫化水素の臭いが優先します。
硫化水素 においの しきい値について
悪臭防止法の、敷地境界線における規制規準によると、硫化水素は、規制基準が、0.02〜0.2ppm(区域別になっている)とのことで、逆にいうと、この程度の濃度でにおいを感じるわけです。
一方、温泉。草津等で臭いといっても、せいぜい数ppmとまりです。
従って、
http://www.aist.go.jp/GSJ/~yagi/Volc_Gas.html
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1−2ppm かすかに臭気を感じる.
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は明らかにおかしい。
硫化水素による事故
温泉における硫化水素による事故
http://www.rise.waseda.ac.jp/adic/sokuho/onsen.htm によると、
(曜日)時間事故内容死・不明計負傷計死傷計
2000219(土):秋田.湯沢.泥湯温泉「奥山旅館」で宿泊客らが目の痛み訴える.数日間の雪で2km離れた源泉のガス噴出口が覆われ高濃度の硫化水素ガスが川沿いに旅館に達し充満02121
1990918(火) :北海道 観光ホテルの温泉の源泉高架槽の点検を行なうため蓋をあけて電極の異常を調査していたところ中毒011
1989326(日)17:50発見鹿児島.牧園 国民宿舎「新燃荘」の新湯温泉脱衣場で母親と娘が倒れる.硫化水素ガス中毒202
198791(火)11:35栃木.那須 温泉給湯の貯湯タンク内で湯アカ清掃中の3人硫化水素中毒で死亡303
198659(金)04:30秋田.田沢湖 玉川温泉の温泉源で観光客が硫化水素ガス吸い死亡134
1986117(金)15:15神奈川 旅館の温泉タンク内スラッジ除去作業のため内部に入り急性中毒で死亡101
1985722(月) :富山 立山地獄谷温泉湯溜まりで硫化水素中毒101
19831218(日)01:00過ぎ福島.福島 高湯温泉の旅館小屋湯で入浴中の34才女性が溺死.硫化水素中毒101
1976229(日)16:30頃福島.福島 高湯温泉の旅館小屋湯の浴槽で湯治に来ていた男子高校生が溺没死.硫化水素中毒101
19721028(土) :栃木.那須 温泉で入浴中硫化水素中毒101
1969825(月) :宮城.鳴子 鳴子温泉浴室で硫化水素中毒000
1952327(木) :神奈川.箱根 湯之花沢温泉浴室で硫化水素ガス中毒101
1951115(月) :神奈川.箱根 湯之花沢温泉露天風呂で硫化水素ガス中毒202
とのことである。

  • 労務災害情報センターの硫化水素による事故はここ
  • 硫化水素事故の死体所見はここ
  • ちばさんの安達太良山・硫化水素死亡事故の詳細はここ

2000/11/28 revised