錯体重合法による酸化物粉体の精密化学合成と高機能化
東北大・多元研)○垣花 眞人

錯体重合法は酸化物粉体の精密化学合成を実現する1つの手法であり、材料の化学組成の制御に独自の偉力を発揮する。錯体重合法では、原子レベルでの均一性を最大限に維持するために、まず第1に構成金属元素を金属錯体として安定化し、第2にこの金属錯体の分解や沈殿析出を防ぐために有機高分子の網の中に固定するという2段階のプロセスからなっており、個々の金属イオンの凝集・偏析を二重に防止している点に大きな特徴がある。このため、固相法や共沈法など従来からの酸化物粉体製造法と比べて、成分元素の混合状態を著しく改善することができ、より低温で組成の複雑な複合酸化物粉体を容易に作製できる。1)

錯体重合法の概念と原理を図1に示す。クエン酸などオキシカルボン酸を過剰に含むグリコール(エチレングリコールやプロピレングリコールなど)溶液中に金属塩を溶解させ、金属オキシカルボン酸錯体を形成させる。この溶液系を120150℃程度の温度で加熱すると、オキシカルボン酸のカルボキシル基とグリコールのヒドロキシル基との間で脱水エステル反応(図1の“ポリエステル化”の楕円で囲んだ部分)が連鎖的に起こり、ポリエステル高分子ゲルが得られる。エチレングリコールは中毒性が指摘されているので、現在当研究室では使用を中止し、代わりに安全なプロピレングリコールを使用している。ドラフトを用いる等、他の有機溶媒と同じように通常の使用法を守って使用する限り問題はないが、新たに錯体重合法を始める方々にはプロピレングリコールの使用を勧める。ここで重要なことは、出発溶液において均一であった金属イオンの分布が、高分子ゲルの中においてもほぼ維持されているということである。この高分子ゲルを高温で熱分解させて複合酸化物粉体にする工程において、金属元素が元素ごとに偏って析出する程度が低く抑えられ、結果として目的とする組成を持つ複合酸化物粉体を低温でかつ高純度に合成することができる。錯体重合法は、組成が複雑になればなるほどその偉力を発揮し、また極微量のドーパントの均一分散などにおいても有利な手法である。実際に、成分元素が3種類以上、場合によっては6種類にも達する酸化物高温超伝導体の均一高純度合成法として錯体重合法は不可欠な手法となっている。2)

錯体重合法の適用範囲は超伝導体、誘電体、磁性体、電池材料、触媒など様々な材料にまで及ぶ。図2に錯体重合法によって合成されたNiO/Sr2Ta2O7水分解光触媒における紫外光照射下での水分解光触媒活性テスト(水素と酸素の発生速度)の結果を固相法で合成した試料と比較して示す。3) 錯体重合法により得た試料の活性は固相法のそれと比べて約4倍改善されており、その優位性が明白である。錯体重合法は、様々な物質の高純度合成が可能であり、また高機能化を目指した研究や物質探索の手法としても優れており、今後さらに多くの分野に普及することが期待される。

1)M.Kakihana, M.Yoshimura,  Bull. Chem. Soc. Jpn. 72 (1999) 1427

2)M.Kakihana, J.Sol.Gel.Sci,Tech. 6(1996)7

3)M.Yoshino,M.Kakihana, Chem.Mater. 14(2002)69


図1:錯体重合法の概念と原理


図2:NiO/Sr2Ta2O7水分解光触媒の活性