準結晶と触媒に関する研究
準結晶は結晶やアモルファスとは異なる新しい構造物質であり、 準周期に由来する興味深い性質が期待される。新しい準結晶の合成、 単準結晶の育成、構造解析および準結晶の表面科学などの基礎研究と、 準結晶を用いた新規触媒および高強度軽合金の研究開発などを進めている。 また、金属物理の視点に基づき、新しいタイプの機能を示す 金属系触媒材料の開発を行っていると同時に、 触媒機能に及ぼす合金の微細組織および電子構造の影響を調べている。
研究目的
Cd-Yb系2元準結晶より派生したIn-Ag-REおよびAu-Sn-RE(RE:希土類金属) 系合金において、多くの準結晶および近似結晶が発見されたことにより、 結晶との比較という視点で準結晶の安定化機構および単準結晶の物性を 調べることが可能になっている。本研究では準結晶および近似結晶の 単結晶を作製し、両者の物性を調べ・比較することを目的の一つとしている。 また、準結晶を前駆物質とした材料の開発も展開している。
一方、環境・エネルギーが最重要課題とされている現在、自動車触媒に 膨大な希少金属元素の需要が切迫している。特に、地球での埋蔵量が 極めて少ないPtやRh等が大きな課題となっている。我々は希少金属元素を 触媒的に代替する物質として、金属間化合物の可能性を取り上げ、 その可能性を実験・理論的に示した。つまり、金属間化合物による特定な 金属の触媒機能の置換の実現が可能である。本研究では金属元素と 金属間化合物の触媒機能、電子構造および表面状態との相関を明らかにし、 触媒設計の基礎を構築することにより、金属と触媒化学の融合という 新しい学術領域の開拓を目的とし、貴金属代替物質の開発を目指している。
研究成果と展望
(1)準結晶に関する研究:
今まで数多くの安定な準結晶を見出してきた。 その中、2元素から構成されたCd-Yb準結晶は 特に注目されている。ごく最近では、北海道大学の高倉洋礼準教授 および物質材料研究機構の山本昭二フェローとの共同研究により、
世界で初めて準結晶構造の完全な解析を成功にしている。準結晶の 構造はその2/1近似結晶の構造から考察し、互いに貫入した菱面30面体を 單位として考えると、これが密に詰まった構造と考えられることを
見いだした。高次元投影法、放射光実験および近似結晶の構造を Cd-Yb 正20面体準結晶の構造を完全に解明した。本研究において、 原子クラスターを菱形30面体で考えることによって、ほとんどの
原子位置を確定することができた。約5千個の回折反射から得た構造の 信頼度因子が10%を切っており、極めて精度の高い構造解析を達成した。 図1は解いた構造をクラスターで示しており、図中の黄色球は一つの
菱形30面体クラスターを表している。図1に示すように30個の黄色球が 切頭20面体を成しており、30個の切頭20面体がさらに大きな切頭20面体を
構成している。そのサイズはτ3で拡張していく。 ここでτは黄金比であり、(1+√5)/2となっている。図1に表されている
原子クラスターに含まれている原子は、準結晶構造全体の原子の94%に ものぼる。複雑な構造にも単純さが伺える。この構造の考え方に基づき、 多くの準結晶構造がさらに解明されることと準結晶の安定性の起源の
解明が期待される。

図1: 5回対称軸方向への菱形30面体の分布。(a)ある断片の投影、 (b)3次元空間の分布。
(2)触媒に関する研究:
今まで金属学ベースに触媒機能の理解に 多くの新しい知見を提案してきた。特筆すべきは、金属間化合物による
特定な金属の触媒機能の置換という概念の提唱とその可能性の実証である。 我々は金属間化合物が金属元素と同じ触媒機能を示す理由は、両者が 同じ価電子帯構造をもつことに由来することを明らかにした。
図2の右側に示すようにPd自身がメタノール水蒸気改質反応 (CH3OH + H2O &rarr 3H 2 + CO2)
に対して全く活性がなく、CO2 の選択率がほぼゼロになっている。 しかし、PdにZnと合金化させることによって、PdZnというL10
構造をもつ化合物が形成され、図2の左側に示すようにCuと類似の価電子帯構造を 示すようになる。そのためにPdZnはメタノール水蒸気改質反応に対して、極めて
高い選択率を発現した。さらに同様な構造を有するPdCdでも同じ 価電子帯構造と高いCO2選択率を示すことを見出し、この概念の 有効性を確認した。さらに、選択率と金属間
化合物のd状態の位置に一定な関係が存在することを見出した。この概念を 拡張することで、合金化により価電子帯構造を制御し、Pd,PtやRh等の 貴金属と同様な価電子帯構造をもつ金属間化合物を見出し、新たな
触媒材料の創出が大いに期待される。このことは、合金化により単に 元の金属元素の触媒機能を改良するのではなく、全く新しい触媒を作り 出すことに相当する。さらに重要なのは、本研究の遂行により触媒機能、
電子構造および表面状態との相関を結び付け、触媒設計の基礎を 構築することである。触媒活性や触媒機能にもたらす効果を、「合金設計」 の学問を基盤に「金属学と触媒化学の融合」という新たな学術領域の
開拓は期待される。また、より安価な合金をもって、PtとRh等の希少金属を 触媒特性を損なうことなく代替することも可能である。

図2: 各種金属間化合物および金属元素の価電子帯構造とCO2選択率