図1 トンネル構造をもつ化合物の結晶構造。主にスズで構成されるトンネル骨格の中にナトリウムが詰まっている。
現在、『熱電材料』と呼ばれる、熱から電気エネルギーを取り出す材料となる化合物を合成し、それらの特性を明らかにする研究を行なっています。この研究のきっかけは美しいらせん状のトンネル構造をもった化合物(図1)との出会いでした。その化合物は、著名なアメリカ人研究者らによって1997年に発見されたきり、つい最近まで電気が流れるのかさえも明らかにされていませんでした。約5年前、私は熱電材料となり得る新しい化合物の探索をはじめたばかりで、こうしたユニークな構造をもちながら、これまで誰も材料としての特性を明らかにしていない物質に着目して、研究に取り組んでみようと思いました。
最先端の研究や新しい発見により、革新的な材料や発明が日々生まれています。研究の面白いところ(であり、同時に大変なところ)は、その最先端や革新のまた先を目指していくことにあると思います。先の熱電材料はゼーベック効果という物質に温度差があると起電力(熱起電力)が生じる現象を利用して、熱から電気エネルギーを取り出すことができます。熱電材料には、この熱起電力が大きいだけでなく、熱を伝えにくく、電気は流しやすい化合物が必要とされますが、これらすべての特性を満たす化合物はなかなかありません。現在、実用的な熱電材料としてビスマス・テルルという化合物を基にした材料が使用されています。このビスマス・テルルは約60年前に見出された素晴らしい材料ですが、今後、熱電材料による発電が社会に普及するためには、さらに高い特性を有しながらも資源的に豊富な元素で構成される(安全で安価な)材料の開発が望まれています。
先述のトンネル構造をもつ化合物(トンネル化合物)を知ったときに、熱電材料に適しているのではないかと思いました。物質の中ではフォノンと呼ばれる準粒子が熱を伝えていますが、主にスズからなるこの化合物のトンネルの中には、そのフォノンを乱すような大きく熱振動したナトリウム原子が詰まっていたからです。その後、いくつかのトンネル化合物を合成し、それぞれの特性を調べたところ、これらのトンネル化合物は熱電材料として有利な低い熱伝導率(ガラス並みもしくはそれよりも低い値)を示し、一部の化合物はビスマス・テルルに匹敵する性能を備えていることがわかってきました。近い将来、安価な元素で構成されるトンネル化合物が、新しい熱電材料として利用される日がくること目指して研究を進めています。
図2 ナイフで切れる金属ナトリウム。
さて、先のトンネル化合物の中にも含まれるナトリウムと聞いて思いつくことはなんでしょうか?
-食塩? ミネラル? 炎色反応?
ナトリウムは化合物の構成成分やイオンとして、我々の身近なもの(体内にも!)にも含まれており、地球上では酸素やシリコン等々に次いで6番目に豊富に存在する元素です。ただし、単体のナトリウムは、多くの科学者には扱いにくい金属として認識されています。その理由は反応性が高く、大気中ではすぐに酸化され、水とも激しく反応するため、鉄やアルミニウムなどの単体金属と比べると保存や取り扱いが難しいからです。私は、このようなナトリウムを安価でリサイクル性の高いユニークな金属と捉え、材料の新しい合成プロセスに応用するとともに、ナトリウムを含んだ新しい化合物を探索する研究にも取り組んでいます。
金属ナトリウムは、一般的な金属とは異なり、ナイフで切れるほどやわらかく(図2)、約100℃で溶けます。このナトリウムには1400℃以上の融点を持つシリコンが低温(約550℃)で溶け、その溶けたシリコンは鉄などの金属と高い反応性を示すことを我々は明らかにしています。通常、固体のシリコンと金属は低温ではなかなか反応せず、高温(例えば1200℃以上)まで加熱する必要があるのですが、ナトリウムに溶けたシリコン(液体)は多くの金属と600℃前後で反応し、金属とシリコンとの化合物である金属ケイ化物が生成します。金属ケイ化物は熱電材料としてだけでなく、耐酸化性を活かした高温材料にも使用されています。また、反応後に残ったナトリウムは、圧力を下げた状態で300-400℃に加熱することで回収し、再利用することができます。現在、こうしたナトリウムを利用した新しい合成プロセスを、金属ケイ化物以外の合成に応用する研究も行なっています。
世の中にはまだ人の手によって合成されていない化合物や、先のトンネル化合物のように、すでに知られている物質でもどんな性質や機能を持つのかは実は知られていないものがたくさんあります。こうした大きな可能性を秘めた化合物は、ナトリウムのような取り扱いが難しい元素を含んだ化合物ほど多く存在すると考え、そうした元素を含む新しい化合物とそれらの機能を開拓する研究を進めています。もしかすると、いまはあまり注目されていない身近な元素で構成される物質が驚くべき機能を発現し、十数年後、または数年後の世の中をより楽しいものにしているかもしれません。
図3 頼もしい実験装置。大気に触れることなく試料の合成や評価が行える。
これまでに述べたように、ナトリウムやナトリウムを含む化合物の多くは大気中では不安定なため、それらの取り扱いは、酸素や水分を極力排除したグローブボックスという大きな箱の中で行っています。必然、このグローブボックス内で試料の評価も行うことになるのですが、市販の評価装置は大きすぎてグローブボックス内に収まらないことが多く、いくつかは自作したものを用いて対応しています。
私が熱電材料の研究を始めたころ、ある熱特性をグローブボックス内で測定できずに困っていました。そんな時、相談に乗っていただいた研究者は、これまで開発に携わられた測定装置を研究室に持ち込んでくださり、その一部を改良してグローブボックス中での測定を試みてくださいました。さらに、首尾よく熱特性が測定できることがわかると、その装置をお貸しくださり、現在の私の研究につながる成果を得ることができました。研究はアイデアと工夫、そしてなにより諦めずに続けることが大事だと考えていますが、それらに加え、こうした人(仲間)や研究の要となるような装置(図3)もとても重要だと実感しています。
大気中で不安定な化合物を実用的な材料に近づけるために、次の展開としてコーティング等の表面処理の研究を進めたいと思っています。また、高い反応性をあえて利用することで、新しい物質を創成するような合成プロセスにも取り組んでいきたいと考えています。これからも自身の研究の視野を広げながら,新しい化合物や機能の探索とそれらの材料への応用に挑戦したいと思っています。