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Yutaka Sano, Yuji Itoh, Supawich Kamonprasertsuk, Leo Suzuki, Atsuhito Fukasawa, Hiroyuki Oikawa*, and Satoshi Takahashi*,“Simple and Efficient Detection Scheme of Two-Color Fluorescence Correlation Spectroscopy for Protein Dynamics Investigation from Nanoseconds to Milliseconds”ACS Phys. Chem Au 2023, XXXX, XXX, XXX-XXX

要旨 

溶液中のタンパク質分子は、ブラウン拡散やペプチド鎖運動により、絶えず揺らいでいる。励起されたドナー蛍光分子近傍にアクセプター蛍光分子が存在すると、ドナーの持つエネルギーが電気双極子双極子相互作用により無輻射的にアクセプターに移動し蛍光を発するFörster Resonance Energy Transfer (FRET)メカニズムと、蛍光の発光時刻をサブナノ秒時間分解能で記録した揺らぎデータから導出される相関関数を利用する蛍光相関分光法(FCS: Fluorescence Correlation Spectroscopy)、この両者を組み合わせたFRET-FCSは、タンパク質分子のダイナミクスを解き明かす上で強力な手段の一つとなっている。

しかしながら、従来の測定システムでは、光子検出器に量子効率の高い固体素子であるアバランチ・ダイオード(SPAD)を使っていたため、アフターパルスがノイズとなるのを避け難かった。本研究では、そうした課題を解決するために、アフターパルスを発生しないデバイス、具体的には、真空管素子と固体素子を組合わせたハイブリッド型の検出器(HPD)を使うことにより、光学素子と検出器の数を半減させると共に、測定時間を大幅に短縮させることに成功した。

ところが、世の中は甘くはなかった。実際に新規測定システムの開発を始めると、二つの大きな問題に直面した。一つは、万全と信じていたHPDが僅かながらアフターパルスを発生すること。もう一つは、ダブルラベル化したタンパク質分子が弱い蛍光しか出さないこと。前者については、生データの相関関数からHPD固有ノイズの相関関数を引いてノイズ除去を行うと、従来法と同等かそれ以上のS/N比を担保できることが、後者については、ドナー蛍光分子の励起三重項状態を速やかに基底状態に導く還元剤を添加すると、蛍光強度を大幅に増やせることが、各々確かめられ、これらの問題を解決することができた。

開発したシステムの検証には、モデル・タンパク質の一つであるBdpAを選んだ。3つのヘリックスを持ち、常態では折り畳まれている。この分子については、変性剤の添加に伴いFRET効率が減少することを、当研究室で既に確認している。果たして、変性剤添加により相互相関関数にチェイン・ダイナミクスが現れた。これは、本測定システムの有用性が証明された瞬間でもある。なお、観察されたチェイン・ダイナミクスは、両端ヘリックス間、あるいは両末端の天然変性領域 (IDR: Intrinsically Disordered Region)間、いずれかの間で生じた揺らぎによるものと思われる。

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社会人ドクターとして40年ぶりにサイエンスの世界に戻って2年余り。企業で半導体デバイスの研究開発に長年関わってきたよそ者が、いきなり生物物理の世界に飛び込んだのは無謀だったかな、と思う時期もありました。最初は手探り状態で実験を進めていましたが、やがて土地勘が養われるにつれ、ワクワクする日々が増えてきました。これもひとえに、高橋さんをはじめとする研究室の皆様方に支えて頂いたお陰です。この場を借りて、お礼申し上げます。

今後は、新たに構築したns-FCS測定システムを使い、より多くの分子のダイナミクスを観察していきたいと思います。併せて、システムの更なる改良も進めていきます。ケセラセラと呟き、少し尖がりながら、粘り強く前へ進みます!(佐野)


Suzuki M., Tsuchiko A., Tanaka Y., Matubayasi N., Mogami G., Uozumi N., Takahashi S., “Hyper-mobile water and raman 2900 cm-1 peak band of water observed around backbone phosphates of double stranded DNA by high-resolution spectroscopies and MD structural feature analysis of water”, J. Phys. Chem. B, 2023, doi: 10.1021/acs.jpcb.2c06952(2022)

要旨 

二重鎖DNA周りの水の性質を誘電分光とラマン分光の高分解能測定法を開発して調べた。誘電分光ではDNA周りには自由水より速い水を検出し、ラマン分光では水分子のOH伸縮振動の自由水のバンド(3100~3700-1)より低い波数の2900cm-1ピークバンドを観測した。このバンドの大きさからDNAの体積の10倍以上の体積の水が変化しており、MD計算で高密度の水の存在が示された。この水特性はDNAと相互作用する様々なタンパク質の作用機序に影響する可能性がある。

コメント

学術研究員鈴木が、一般に使われる誘電分光やラマン分光装置では容易に検出できない微小シグナルを再現性良く測定するシステムを開発したことで、このDNA周りの水特性が世界初で得た。
(鈴木)


Itoh Y., Murata A., *Takahashi S., *Kamagata K., “Intrinsically disordered domain of tumor suppressor p53 facilitates target search by ultrafast transfer between different DNA strands”, Nucleic Acid Res., 46, 7261-7269, (2018)

要旨 

セグメント間移動とは、DNA結合タンパク質が二本のDNAと三者複合体を形成しながら、一方から他方のDNAに乗り移る運動である。この研究では、がん抑制タンパク質p53のセグメント間移動を実験的に検証した。初めに、ストップトフロー測定を行うことで、p53のセグメント間移動の速度が非常に速いことを示した。また、p53の変異体を用いた測定の結果から、p53のC末端ドメインがセグメント間移動に必須であることが分かった。続いて、ガラス基板上に十字のDNAを作製し、蛍光色素で修飾したp53のDNA上の運動を一分子蛍光顕微鏡で観察した。その結果、p53が二本のDNA鎖の交差部分でセグメント間移動を行い、進行方向を変えて移動する様子を観察できた。以上の結果に基づき、「p53は素早くセグメント間移動を行うことで、障害物となるDNA上の他のタンパク質を避けて移動できる。したがって、細胞核内のような混雑環境下でも、標的配列を効率的に探し出すことができる」というアイディアを提案した。

コメント

この研究では、p53のセグメント間移動を実験的に証明しました。特に苦労した点は、一分子蛍光観察のために、十字のDNAを作製するところです。いくら注意深く操作を行っても、気泡が流路に入ったり、λDNAが切れてしまったりして、十字のDNAを作製できないことが多くありました。このような苦労の末、ようやくデータを得ることができました。特に、p53がDNAの十字部分で、進行方向を変えて移動する様子を初めて見たときは、非常に感動しました。
研究途中ではあったものの、2016年に開催された第54回日本生物物理学会年会でこの研究を発表したところ、学生発表賞を受賞しました。自分の研究が評価されたことを受けて、大変嬉しく感じたと同時に、何としてもこの研究を完成させたいと思いました。
また、この研究は私の博士論文の研究の一つであり、非常に印象深いです。論文の受理は博士号の取得後となりましたが、学術論文として発表することができ、本当に良かったです。
(伊藤)


Igarashi C., Murata A., Itoh Y., Subekti D. R. G., *Takahashi S., *Kamagata, K., “DNA garden: A simple method for producing arrays of stretchable DNA for single-molecule fluorescence imaging of DNA binding proteins”, bull. Chem. Soc. Jpn., 90, 34-43, 2017    10.1246/bcsj.20160298

要旨 

DNADNA結合蛋白質の単分子計測のために、ガラス基板上にDNAを整列固定する方法「DNA garden」を開発しました。MPCポリマーでコーティングしたガラス基板に、PDMSスタンプを用いてビオチン付き蛋白質を固定し、そこにDNAの末端を一列に固定します。DNA gardenはフロー圧でDNAの伸び縮みを制御できるため、様々な実験に応用できると考えられます。また、従来法のように基板の微細加工の必要がなく、簡便で再現性の高い方法です。本研究では、DNA gardenを用いて制限酵素によるDNAの切断やがん抑制蛋白質p53によるDNAのループ形成反応を観測しました。

コメント

五十嵐さんが新しいDNAの整列固定法の開発に成功しました。研究を始めた当初は目的の位置にDNAを固定できなかったのですが、様々なスタンプ剤やコーティング剤を検討し、DNADNA結合蛋白質の非特異的な吸着を抑えることで、「DNA garden」を確立することができました。顕微鏡のある暗い部屋で、初めて、整列固定されたDNAの明るい蛍光イメージを見たときは感動しました。「DNA garden」DNA結合蛋白質の機能の解析に応用できると期待しています。本論文は、優秀論文に選ばれました。五十嵐さん、おめでとうございます。(鎌形)


 

Masataka SaitoSupawich Kamonprasertsuk, Satomi Suzuki, Kei Nanatani, Hiroyuki Oikawa, Keiichiro Kushiro, Madoka Takai, Po-Ting Chen, Eric Hsin-Liang Chen, Rita Pei-Yeh Chen, and Satoshi Takahashi
“Significant Heterogeneity and Slow Dynamics of the Unfolded Ubiquitin Detected by Confocal Method of Single-Molecule Fluorescence Spectroscopy”
J. Phys. Chem. B
 (2016) 120 (34), 8818-8829, doi10.1021/acs.jpcb.6b05481

要旨 

一分子蛍光分光測定とマイクロ流路内の表面修飾技術を組み合わせることで、ユビキチンの変性状態の構造不均一性とミリ秒以上の時定数の遅いダイナミクスを明らかにした。当研究室で開発した一分子蛍光分光測定装置を用いることで、従来よりも高い時間分解能、構造分解能で一分子の構造変化を追跡することが可能である( Oikawa, H. et alSci. Rep., 3, 2151, (2013)) 。しかし、試料送液系に用いるマイクロ流路内における試料の表面吸着が一分子測定の再現性を低下させていた。本研究では、マイクロ流路内表面をポリマーの化学修飾により親水化することで、実験の再現性を改善することに成功した。一分子蛍光分光測定の結果、変性状態のユビキチンのFRET効率のヒストグラムは、蛍光とバックグラウンドのショットノイズから計算された確率密度関数よりも幅広く分布した。また、FRET効率の時系列データの解析から、100 µsから1 msの間の構造変化が無いことが示された。これらの結果から、ユビキチンの変性状態の局在的な構造不均一性、1 ms以上の遅いダイナミクスが示唆された。

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同じ試料、溶液条件で一分子蛍光分光測定を行ったのにもかかわらず、全く異なる結果が得られることがあり、試料と送液系の問題を改善するのに3年を要しました。Rita博士(Academia Sinica)、高井博士(東京大学)、七谷博士(東北大学)と複数の方々と共同研究を行わせていただきました。この論文にはタンパク質の折り畳みについての議論に加えて、測定の苦労を表現することができたため、印象深いものとなりました。(齊藤)


Itoh, Y.,  Murata, A.,  Sakamoto, S., Nanatani, K., Wada, T., Takahashi, S., Kamagata, K.
“Activation of p53 Facilitates the Target Search in DNA by Enhancing the Target Recognition Probability”
J. Mol. Biol2016, doi:10.1016/j.jmb.2016.06.001

要旨 

単分子蛍光測定を用いて、がん抑制蛋白質p53が標的配列へ結合する過程を解析した。p53は主にDNAに非特異的に結合し、スライディング運動により、標的配列にたどり着く。興味深いことに、p53は標的配列を認識できず、通り過ぎてしまう場合が多いことが分かった。標的認識確率を求めたところ、7%であった。p53の活性化変異体では標的認識確率が18%に上昇し、不活性化変異体では0%であった。以上の結果から、標的認識確率を制御することで、p53は活性化、または、不活性化していることが明らかとなった。以上より、転写因子が標的認識確率を変えて活性を制御するメカニズムを提案した。

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鎌形らが進めてきたp53研究の第2弾です。第1著者の伊藤君が、p53変異体の作成、p53の活性計測のための蛍光分光装置及びストップトフロー装置の改良、各変異体の単分子計測を行いました。伊藤君の粘り強く丁寧な実験がなければ、得られなかった成果です。特に、きれいな活性測定データと単分子計測の解析結果を見たときに感動しました。今後の研究として、今回提案したメカニズムが他の蛋白質にも成り立つかどうかを検証していきたいと考えています。(鎌形)


Tsuyoshi Konuma, Kazumasa Sakurai, Masanori Yagi, Yuji Goto, Teturo Fujisawa, Satoshi Takahashi
“Highly Collapsed Conformation of the Initial Folding Intermediates of β-Lactoglobulin with Non-Native α-Helix”
Journal of Molecular Biology,  Sep 25;427(19):3158-65, 2015

要旨 

時分割X線小角散乱法を用いて、βラクトグロブリン(βLG)の折り畳みにおける構造変化をサブミリ秒の時間分解能で観測した。βLGは、天然構造としてβバレル構造を有するが、折り畳み途中に非天然のαヘリックスを形成することが知られていた。本研究では、折り畳み過程における非天然αヘリックスの役割を明らかにするため、時分割X線小角散乱測定および時分割CD測定を行った。それらの結果から、N末端に形成した非天然αヘリックスがC末端側のフォールディングコアと接触することを示した。すなわちN末端とC末端の遠距離間相互作用を加速するために、非天然αヘリックスを形成すると提案した。

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私が阪大の大学院生だった時のプロジェクトです。SPring-8でのSAXS測定はいつも徹夜で行うため、気力と体力がある意味極限状態になります。そういった状態の中、TFE存在下と非存在下でβLGの回転半径がほぼ同じであることがわかった時、研究ってまじで面白いと思ったことを今でも憶えています。この事実は、世界中でまだ僕と高橋さんと藤澤博士しか知らないことだ(どやっ!)と変な優越感も感じていました。そう思っていながらも、論文にするまでにはかなりの時間がかかってしまいました。私が論文原稿を数年間も放置した後、恐る恐るメールを高橋さんに送った際、返信メールには“ありがとう”とあり、高橋さんの懐の広さに感動しました。その後も解析をやり直したり、色々と苦労はありましたが、最終的にJMBにアクセプトされてやりきった感は一入です。いろんな気持ちをのせた思い出の論文です。(小沼)


Murata, A., Ito, Y., Kashima, R., Kanbayashi, S., Nanatani, K., Igarashi, C., Okumura, M., Inaba, K., Tokino, T., Takahashi, S. and Kamagata, K.
“One-dimensional sliding of p53 along DNA is accelerated in the presence of Ca2+ or Mg2+ at millimolar concentrations”
J. Mol. Biol., 427, 2663-2678, 2015.

要旨

がん抑制蛋白質p53は、DNAのターゲット配列に結合し、下流の遺伝子の発現を制御することで、細胞のがん化を抑制します。p53がDNA上をスライディングする運動は、ターゲット配列の探索において重要です。本研究の目的は、細胞内で起こる2価のカチオンの濃度変化がp53のスライディング運動に与える影響を明らかにすることです。単分子蛍光測定を行ったところ、p53のスライディング運動がMgやCaの添加により促進されることを発見しました。また、2価のカチオンの濃度上昇に伴い、p53がDNAに滞在する時間は短くなり、結果として、p53のスライディング距離は一定に保たれることが明らかにしました。さらに、p53のスライディング運動には2つのモードがあることを発見しました。

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鎌形らが進めてきたp53の研究の第一弾です。村田君が中心となり、サンプルの作製法、単分子蛍光顕微鏡などの測定装置の開発、データ解析などを1から立ち上げました。特に、サンプルや定量的な機能評価装置の作製には2年近くかかりましたが、p53グループの努力により確立することが出来ました。この研究は、村田君が蛋白質科学会年会において優秀ポスター賞(2013年度)を受賞するなどの評価を得ています。この論文がp53の機能解明の第一歩となり、更なる機能解明に繋がることを期待しています。(鎌形)


Oikawa, H., Suzuki, Y., Saito, M., Kamagata, K., Arai, M., Takahashi, S., “Microsecond dynamics of unfolded protein by a line confocal tracking of single molecule fluorescence”
Sci. Rep., 3, 2151, (2013)

要旨

一分子からの蛍光をマイクロ秒の時間分解能でミリ秒間追跡することができる装置を開発した。この装置は共焦点光学配置をもとにしたライン共焦点光学系を採用し、蛍光はダイクロイックミラーを使って二波長に分ける。さらに試料溶液はマイクロ流路に高速で流す。このような工夫によって、2種類の蛍光色素で標識された蛋白質一分子の構造変化を色素間のFRET効率変化として最高20マイクロ秒の時間分解能で数ミリ秒間追跡することできる。この装置を用いて2重蛍光標識されたプロテインAのBドメイン (BdpA)の平衡変性状態での構造変化を追跡した。変性状態の一分子BdpAのFRET効率はショットノイズから想定される幅よりも明らかに大きく変動していた。このことは変性状態BdpAの構造はミリ秒からマイクロ秒の時間スケールで比較的ゆっくり変化していて、構造的に不均一な集団であることを示している。

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高橋研究室が東北大に来る前の阪大時代から開発してきた装置で測定した結果がようやく論文になりました。その間に大阪から仙台への研究室の引っ越しあり、震災ありと、思い出すだけで涙が出てきそうです。光学系の基本的なアイデア自体は開発開始の時点でほぼ固まっていたのですが、試料を安定して測定できるような流路や、この測定に最適な二重蛍光標識試料の探索に時間がかかってしまいました。この論文では東大の新井さんに精製していただいたBdpAをこちらでラベルして使用しています。さらなる時間分解能の改善、溶液混合流路との組み合わせ、低温での測定などなど、この装置にはまだまだ可能性があると考えています。(小井川)


Kamagata K, Kawagushi T, Iwahashi Y, Baba A, Fujimoto K, Komatsuzaki T, Sambongi Y, Goto Y, Takahashi S
“Long-Term Observation of Fluorescence of Free Single Molecules To Explore Protein-Folding Energy Landscapes”
J. Am. Chem. Soc. 134, 11525-11532 (2012)

 要旨

蛋白質の一分子からの蛍光を長時間観測できる装置を開発し、変性タンパク質の構造多様性とダイナミクスを明らかにした。従来の共焦点顕微鏡では、タンパク質からの蛍光の観測時間はミリ秒に限られていた。一方、基板に蛋白質を固定し、長時間観測する方法は提案されているが、変性タンパク質を測定する時に、基板と分子の相互作用によるアーティファクトを避けられなかった。この論文では、タンパク質分子を基板に固定せずに長時間測定するための技術を確立した。放物面鏡を用いた新規の光学系(高い集光率と低倍率)を作製し、窒素ガス圧のポンプを用いたフローの制御により、キャピラリーセル内の分子を観測するプロトコルを開発した。開発した方法を変性チトクロムcに応用したところ、タンパク質の構造変化を現す蛍光強度の変動が観測された。局所平衡状態解析で定量的に解析した結果、複数の局所平衡状態とその遷移を特定し、変性チトクロムcの自由エネルギー地形を作製することに成功した。今後、開発した一分子蛍光測定と自由エネルギー地形解析により様々なタンパク質の構造特性や機能特性を解き明かされることが期待される。

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小松崎教授(北大)や馬場博士(理研)や三本木教授(広大)との共同研究です。シグナル・ノイズ比の良いデータを取得するための方法、流路径の細いキャピラリー内の流速の制御、データの定量的な解析方法など、様々な困難を克服して、やっと論文化しました。投稿してからアクセプトされるまでに多くの時間を費やしましたので、とても印象に残っている論文です。また、2008年度の蛋白質科学会にて若手奨励賞に選ばれるなど、評価を受けました。(鎌形)


Uzawa, T., Nishimura, C., Akiyama, S., Ishimori, K., Takahashi, S.*, Dyson, H. J., Wright, P. E.*
“Hierarchical folding mechanism of apomyoglobin revealed by ultra-fast H/D exchange coupled with 2D NMR”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 105, 13859-13864 (2008)

要旨

高速の溶液混合装置を改良することで、蛋白質の折り畳み過程における重水素交換実験の時間分解能をサブミリ秒まで向上させた。この手法では、蛋白質の折り畳みを開始した後に、蛋白質を重水素の溶液に混ぜ込むことで、主鎖のプロトンと重水素の交換実験を行わせる。交換実験後に、二次元NMRを使ってどのプロトンが重水素に交換したかを定量することで、折り畳みのどの段階で蛋白質のどの部分が構造を形成したかをアミノ酸残基レベルで検出する。この手法の時間分解能は、これまで5ミリ秒程度だった。この研究では、三段階の高速混合をサブミリ秒の時間分解能で行わせる装置を開発することで、パルス重水素実験の時間分解能を向上させることに成功した。開発した装置を、アポミオグロビンの折り畳み反応に応用したところ、折り畳みの中間体における構造の不均一性が検出された。さらに、この不均一性が、ミリ秒程度の時定数で減少する過程がアミノ酸残基レベルで推定できた。

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蛋白研に西村博士(スクリップス研究所)が滞在された際に、西村博士のボスであるPeter Wright博士との共同研究を申し込みました。幸い受け入れられ、京大の大学院生の鵜澤さんがサンディエゴに約二ヶ月滞在し、西村博士と共にこの論文のデータを出しました。論文をまとめる過程で、Wright博士が提案された重水素交換データの新しい解釈には本当に感銘を受けました。(高橋)


Kimura,T., Maeda, A., Nishiguchi, S., Ishimori, K., Morishima, I., Konno, T., Goto, Y., Takahashi, S.*
“Dehydration of mainchain amides in the final folding step of single chain monellin revealed by time-resolved infrared spectroscopy”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 105, 13391-13396 (2008)

要旨

時分割赤外吸収装置を用いて、一本鎖モネリンが折り畳む過程を観察した。得られたデータを解析したところ、最初の中間体では水和したヘリックスが、次の中間体では、水和したヘリックスと水和したβシートが存在することが判明した。これらの結果は、変性した蛋白質では主鎖のアミド基に水が水素結合しており、折り畳み中間体においても、この水がなかなか脱水和しないことを示している。以上の結果から、蛋白質の折り畳みの律速段階で、主鎖に水素結合した水の脱水和が起こることを提案した。

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京大時代の学生の木村さんが博士研究員として阪大に来て下さり、この仕事の仕上げの実験を行いました。その後、留学先のカルテックにいる木村さんとやり取りを重ねて論文を完成させました。彼が、論文に載せるデータだけでなく、さまざまなコントロール実験をしっかり行っていたおかげで、比較的楽に論文が受理されました。(高橋)


Kinoshita, M. ,Kamagata, K., Maeda, A., Goto, Y., Komatsuzaki, T.,Takahashi, S.*
“Development of a technique for the investigation of folding dynamics of single proteins for extended time periods”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104,10453-10458 (2007)

要旨

蛋白質の折り畳み過程は、一分子ごとに異なる経路を通って起こる不均一な過程だと想定される。しかし、実験的に折り畳みにおける蛋白質の不均一性を見積もることは大変困難だった。本研究では、蛋白質を基板に固定せずに長時間にわたって一分子観察する新しい手法を開発し、シロクロムcの変性状態における一分子運動の観察に応用した。提案する手法では、細いキャピラリーに蛍光色素をラベルした低濃度の蛋白質溶液を流し、さらに、キャピラリーに同軸に蛍光を励起するレーザーを導入し、発せられる蛍光を高感度カメラで検出する。得られた結果は、信号が一分子に由来することを証明した。さらに、シロクロムcの変性状態における運動がミリ秒よりも長い時間スケールで起こることが示された。変性状態における構造の平均化は、従来想定されていたよりもゆっくりと起こる可能性がある

コメント

私が阪大に移ることになった際に、木下さんは「大きな仕事をしたい」と言って阪大に一緒に来てくれました。木下さんと試行錯誤を重ねた後に発表した論文です。この研究も苦労の連続で、一分子観察のための条件(試料濃度、流速、レーザーパワーなど)の一つをちょっとでも変更すると、他のすべての条件に影響がでることにはほとほと参りました。木下さんは、日本生物物理学会の若手講演者(2007年秋)の唯一の学生として選ばれた他、日本化学会第88会春期年会(2008年春)における学生講演賞を受賞するなど、大変評価されることになりました。(高橋)


Nishiguchi, S., Goto, Y., Takahashi, S.
“Solvation and desolvation dynamics in apomyoglobin folding monitored by time-resolved infrared spectroscopy”
J. Mol. Biol. 373,491-502 (2007)

要旨

赤外分光法は蛋白質構造を検出するための重要な手法でありながら、蛋白質の折り畳み過程の観察に応用されることは少なかった。本研究では、溶液混合装置と顕微赤外分光法を組み合わせることで、時間分解赤外分光法の観測装置を開発した。蛋白質のIRスペクトルには、1650cm-1付近にアミドIと呼ばれるピークが存在する。これは、主鎖のアミド結合のC=O伸縮振動に主に帰属され、蛋白質に埋もれたヘリックスと水和したヘリックスでは異なる振動数を持つ。本研究では、アポミオグロビンの折り畳み過程をIR分光法で観察することで、ヘリックスの周囲から水が外れる運動が、折り畳みの律速段階で起こることを実証した。

コメント

阪大の蛋白研で最初について下さった学生の西口さんが行った研究です。修士過程の二年間で、時分割赤外観察装置の開発と観測、データ解釈の全てをこなして論文にまとめました。忙しい就職活動の合間を縫って実験を進めてくれたことを、とても有り難く思い出します。(高橋)


Uzawa, T., Akiyama, S., Kimura, T., Takahashi, S.*, Ishimori, K., Morishima, I., Fujisawa, T.*
“Collapse and search dynamics of apomyoglobin folding revealed by submillisecond observations of alpha-helical content and compactness.”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 101, 1171-1176 (2004).

要旨

時分割X線小角散乱法を用いることで、アポミオグロビンの折り畳みにおける構造変化をサブミリ秒の時間分解能で観測した。アポミオグロビンはヘリックスを多く持つ蛋白質の代表として、さまざまな折り畳み研究の対象となっていたが、主鎖の収縮の過程は全く調べられていなかった。本研究では、時分割X線小角散乱測定と時間分解CD観察を行い、ヘリックス形成と主鎖の収縮をリアルタイムで観察した。得られた結果は、アポミオグロビンの折り畳みが200マイクロ秒以内の収縮運動と、その後にゆっくりと起こる二次構造及び三次構造の形成運動に分けられることを示した。このような折り畳み機構を「収縮と探索」機構と名付けた。

コメント

藤澤博士との共同研究の第二弾です。アポミオグロビンは、折り畳み研究の最適なターゲットと思われがちですが、実は凝集を起こしやすく、扱いにくい蛋白質です。この研究でも、凝集を起こさずに実験ができる条件を決めるだけで、一年以上の時間と10グラム以上の蛋白質を消費しました。苦労した鵜澤さんの気持ちが込められた仕事です。この論文も、Commentaryにて紹介されました(Roder, “Stepwise helix formation and chain compaction during protein folding” Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 101, 1793-1794 (2004))。(高橋)


Tanaka, M., Matsuura, K., Yoshioka, S., Takahashi, S., Ishimori, K., Hori, H., Morishima, I.
“Activationof Hydrogen Peroxide in Horseradish Peroxidase Occurs within ~300μs Observed by a New Freeze-Quench Device”
Biophys. J. (2003). 84, 1998-2004.

要旨

高速凍結トラップ装置を開発し、西洋わさびペルオキシダーゼの反応中間体を捕捉しEPR分光法で観測することを試みた。西洋わさびペルオキシダーゼは、過酸化水素を還元しさまざまな基質を酸化する活性をもつヘム酵素である。この酵素が行う過酸化水素の還元は数ミリ秒以内に終了する高速反応である。この反応の分子機構を調べるために、二つの溶液を混合して300マイクロ秒以内に凍結する高速凍結装置を開発し、反応中間体の同定を試みた。この装置は、二液を混合した後に、液体窒素温度で回転する銀のブロックに吹き付け、急速な凍結を行うものである。実験を行うと、他の研究者の推論と異なり、300マイクロ秒の分解能でも中間体は捕捉できなかった。従って、この酵素の反応は考えられていたよりも速く起こることが示された。

コメント

留学中にアイディアを温めたプロジェクトです。1997年から開発を開始し、学生の田中さん、松浦さん、吉岡さんの協力を得て、阪大基礎工学部の堀博士との共同研究を行いました。実験は苦労の連続で、途中まで新規中間体だと思っていたデータがアーテファクトだと判ったときは、心底がっかりしました。一年以上の遠回りをしてしまったと思います。苦労はしましたが、この研究で開発した「二つの溶液を混ぜ100マイクロ秒以内に凍らせる」技術は、現在世界のあちこちで使われています。(高橋)


Akiyama, S., Takahashi, S., Kimura, T., Ishimori, K., Morishima, I., Nishikawa, Y.,Fujisama, T.,
“Conformational Landscape of Cytochrome c Folding Studied by Microsecond-Resolved Small-Angle X-ray Scattering”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 99. 1329-1334 (2002)

要旨

高速溶液混合装置をX線小角散乱法と組み合わせることで、シトクロムcが折り畳む際に示す主鎖の収縮運動を時分割観測した。当時までの研究により、蛋白質の折り畳みにおける主鎖の収縮運動の観察の必要性を認識した。そのため、X線を透過する高分子フィルムを窓材に使うなどのさまざまな工夫を行った溶液混合装置をSPring8のビームラインBL45XUに持ち込むことで、シトクロムcが折り畳む際の回転半径を、サブミリ秒の分解能で観察することに成功した。得られた結果を過渡CD観測の結果を比較することで、シトクロムcが段階的にヘリックス形成と主鎖の収縮を同期させながら構造を作ることが明らかになった。

コメント

SPring8(現岐阜大)の藤澤博士と共同研究として、X線小角散乱実験と混合装置の組み合わせを試みました。本研究も、秋山さんが総力を挙げて取り組んだおかげでようやく完成しました。彼が、データを基に折り畳み中間体の二次構造含量と回転半径の相関図を初めて描いたとき、うっとりしたのを覚えています。この論文は理論家のBrooks博士によりCommentaryで紹介されました(Brooks “Viewing protein folding from many perspectives” Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.. 99. 1099-1100 (2002))。
余談ですが、当時、米国では病原菌を郵便で送りつける犯罪がニュースになっていました。ワシントンから送られてきたゲラ刷りの封を開けようとしたら、学生さんが皆部屋から逃げ出したことも楽しい思い出です。 (高橋)


Akiyama, S., Takahashi, S.,Ishimori, K., Morishima, I.
“Stepwise Formation of Alpha-Helices During Cytochrome c Folding”
Nat. Struct. Biol. 7, 514-520 (2000)

要旨

サブミリ秒の混合時間をもつ溶液混合装置を円二色性(CD)分光装置と組み合わせることで、シトクロムcが折り畳む際に示す二次構造の形成をリアルタイムで観察した。CD分光法による折り畳みの過程の観察の必要性は広く認識されていたが、実験上の問題により、ミリ秒以内の過渡現象のCD観測は不可能だった。本研究では、CDスペクトルを変形させにくい混合セルをデザインすることで、サブミリ秒の時間分解能での過渡CDスペクトルの観察に成功した。得られた結果は、段階的にヘリックスが形成されることを示した。このことから「一旦ヘリックスができてから蛋白質が折り畳む」という単純な機構では、シトクロムcの折り畳みが説明できないことが明らかになった。

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森島先生に京都大学の助手として採用していただき、研究テーマを自由に決められる恵まれた環境を与えられました。留学中の仕事との連続性を持たせて、同時に独自の発展を行うにはどうしたらいいかを考え、混合装置をCD観測に応用する装置開発をはじめました。私だけでは装置が完成できなかったのですが、学生の秋山さんがプロジェクトに興味を持ち、彼の特徴である注意深い実験により、ようやく研究が完成しました。中間体が二つ存在するなどの解釈は、すべて秋山さんの提案です。この論文は、留学中のボスであるDenis L. Rousseauにより、News and Viewsで紹介されました(Yeh and Rousseau “Hierarchical folding of cytochrome c” Nat. Struct. Biol. 7, 443-445 (2000))(高橋)


Takahashi, S., Yeh, S. R., Das, T. K., Chan, C. K., Gottfried, D. S., Rousseau, D. L.
“Folding of Cytochrome c Initiated by Submillisecond Mixing”
Nat. Struct. Biol. 4, 44-50 (1997)

要旨

独自に開発した溶液混合装置を用いることで、シトクロムcの折り畳み反応について、時分割共鳴ラマン散乱法による観測を行った。シトクロムcはヘムを含む小蛋白質であり、折り畳み研究のモデルとして活発に研究がなされている。しかし、折り畳み反応開始後の数ミリ秒の間に、どのような構造変化が引き起こされるのかを観測することは不可能だった。本研究では、サブミリ秒の時間分解能でシトクロムcの折り畳み過程を初めて観測した。特に、共鳴ラマン散乱法の特徴を活かすことで、シトクロムcのヘムに間違ったアミノ酸残基が配位した状態が作られ、折り畳み反応が減速されることを定量的に見積もった。さらに、異なるアミノ酸配位型の間に反応速度関係式を仮定することで、得られた結果を定量的に再現できることがわかった。

コメント

ベル研で開発した溶液混合装置を国際シンポジウムで発表したところ、Bill Eaton博士(NIH)が、折り畳み反応の研究に装置を使わないかと持ちかけてきました。そこから研究を開始し、蛍光を使った仕事をEaton博士が、Ramanを使った仕事を私とDenisがまとめました。私が折り畳み問題に興味を持つきっかけとなった仕事です。(高橋)


Takahashi, S., Ishikawa, K., Takeuchi, N., Ikedasaito, M., Yoshida, T., Rousseau, D. L.
“Oxygen-Bound Heme-Heme Oxygenase Complex – Evidence for a Highly Bent Structure of the Coordinated Oxygen”
J. Am. Chem. Soc. 117, 6002-6006 (1995)

要旨

ヘムオキシゲナーゼがヘムを酸化する反応の前駆体の構造を、共鳴ラマン散乱法を用いて解明した。生体内で不要になったヘムは、ヘムオキシゲナーゼと呼ばれる酵素により分解される。この酵素は、ヘムを取り込み、さらに酸素分子をヘムに配位させることでヘムの酸化反応を行う。すなわち、酸素付加型ヘム-ヘムオキシゲナーゼ複合体は、酵素によるヘム分解反応の前駆体である。この複合体の共鳴ラマンスペクトルを解析したところ、ヘムに酸素分子が大きく折れ曲がる形で配位していることが推定された。そのため、ヘムオキシゲナーゼが酸素分子をヘム面に押し付けることで、ヘムの酸化反応を起こしやすくするのではないかと考察した。

コメント

ベル研究所に留学中に、データについてとことん考え抜くことでこの論文を書きました。当時は自信満々だったのですが、時間が経つにつれ、データを考え過ぎたのではないかと心配になりました。けれども、本研究で推定した折れ曲がった酸素の配位は、2004年に発表されたX線結晶構造解析(Unno, M., Matsui, T., Chu, G. C., Couture, M., Yoshida, T,. Rousseau, D. L., Olson, J. S., Ikeda-Saito, M. J. Biol. Chem. 279, 21055-21061 (2004))により正しい構造であることが確認され、ほっとしました。(高橋)