主要論文リスト

                      *全論文リストはこちら *総説リストはこちら
 

 

Uzawa, T., Nishimura, C., Akiyama, S., Ishimori, K., Takahashi, S.*, Dyson, H. J., Wright, P. E.*
"Hierarchical folding mechanism of apomyoglobin revealed by ultra-fast H/D exchange coupled with 2D NMR
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 105, 13859-13864 (2008)

要旨 高速の溶液混合装置を改良することで、蛋白質の折り畳み過程における重水素交換実験の時間分解能をサブミリ秒まで向上させた。この手法では、蛋白質の折り畳みを開始した後に、蛋白質を重水素の溶液に混ぜ込むことで、主鎖のプロトンと重水素の交換実験を行わせる。交換実験後に、二次元NMRを使ってどのプロトンが重水素に交換したかを定量することで、折り畳みのどの段階で蛋白質のどの部分が構造を形成したかをアミノ酸残基レベルで検出する。この手法の時間分解能は、これまで5ミリ秒程度だった。この研究では、三段階の高速混合をサブミリ秒の時間分解能で行わせる装置を開発することで、パルス重水素実験の時間分解能を向上させることに成功した。開発した装置を、アポミオグロビンの折り畳み反応に応用したところ、折り畳みの中間体における構造の不均一性が検出された。さらに、この不均一性が、ミリ秒程度の時定数で減少する過程がアミノ酸残基レベルで推定できた。

コメント 蛋白研に西村博士(スクリップス研究所)が滞在された際に、西村博士のボスであるPeter Wright博士との共同研究を申し込みました。幸い受け入れられ、京大の大学院生の鵜澤さんがサンディエゴに約二ヶ月滞在し、西村博士と共にこの論文のデータを出しました。論文をまとめる過程で、Wright博士が提案された重水素交換データの新しい解釈には本当に感銘を受けました。

  

 

Kimura,T., Maeda, A., Nishiguchi, S., Ishimori, K., Morishima, I., Konno, T., Goto, Y., Takahashi, S.*
“Dehydration of mainchain amides in the final folding step of single chain monellin revealed by time-resolved infrared spectroscopy”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 105, 13391-13396 (2008)

要旨 時分割赤外吸収装置を用いて、一本鎖モネリンが折り畳む過程を観察した。得られたデータを解析したところ、最初の中間体では水和したヘリックスが、次の中間体では、水和したヘリックスと水和したβシートが存在することが判明した。これらの結果は、変性した蛋白質では主鎖のアミド基に水が水素結合しており、折り畳み中間体においても、この水がなかなか脱水和しないことを示している。以上の結果から、蛋白質の折り畳みの律速段階で、主鎖に水素結合した水の脱水和が起こることを提案した。

コメント 京大時代の学生の木村さんが博士研究員として阪大に来て下さり、この仕事の仕上げの実験を行いました。その後、留学先のカルテックにいる木村さんとやり取りを重ねて論文を完成させました。彼が、論文に載せるデータだけでなく、さまざまなコントロール実験をしっかり行っていたおかげで、比較的楽に論文が受理されました。

 

 

Kinoshita, M. ,Kamagata, K., Maeda, A., Goto, Y., Komatsuzaki, T., Takahashi, S.*
“Development of a technique for the investigation of folding dynamics of single proteins for extended time periods”
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104,10453-10458 (2007)

要旨 蛋白質の折り畳み過程は、一分子ごとに異なる経路を通って起こる不均一な過程だと想定される。しかし、実験的に折り畳みにおける蛋白質の不均一性を見積もることは大変困難だった。本研究では、蛋白質を基板に固定せずに長時間にわたって一分子観察する新しい手法を開発し、シロクロムcの変性状態における一分子運動の観察に応用した。提案する手法では、細いキャピラリーに蛍光色素をラベルした低濃度の蛋白質溶液を流し、さらに、キャピラリーに同軸に蛍光を励起するレーザーを導入し、発せられる蛍光を高感度カメラで検出する。得られた結果は、信号が一分子に由来することを証明した。さらに、シロクロムcの変性状態における運動がミリ秒よりも長い時間スケールで起こることが示された。変性状態における構造の平均化は、従来想定されていたよりもゆっくりと起こる可能性がある

コメント 私が阪大に移ることになった際に、木下さんは「大きな仕事をしたい」と言って阪大に一緒に来てくれました。木下さんと試行錯誤を重ねた後に発表した論文です。この研究も苦労の連続で、一分子観察のための条件(試料濃度、流速、レーザーパワーなど)の一つをちょっとでも変更すると、他のすべての条件に影響がでることにはほとほと参りました。木下さんは、日本生物物理学会の若手講演者(2007年秋)の唯一の学生として選ばれた他、日本化学会第88会春期年会(2008年春)における学生講演賞を受賞するなど、大変評価されることになりました。

 

 

Nishiguchi, S., Goto, Y., Takahashi, S.
“Solvation and desolvation dynamics in apomyoglobin folding monitored by time-resolved infrared spectroscopy”
J. Mol. Biol. 373,491-502 (2007)

要旨 赤外分光法は蛋白質構造を検出するための重要な手法でありながら、蛋白質の折り畳み過程の観察に応用されることは少なかった。本研究では、溶液混合装置と顕微赤外分光法を組み合わせることで、時間分解赤外分光法の観測装置を開発した。蛋白質のIRスペクトルには、1650cm-1付近にアミドIと呼ばれるピークが存在する。これは、主鎖のアミド結合のC=O伸縮振動に主に帰属され、蛋白質に埋もれたヘリックスと水和したヘリックスでは異なる振動数を持つ。本研究では、アポミオグロビンの折り畳み過程をIR分光法で観察することで、ヘリックスの周囲から水が外れる運動が、折り畳みの律速段階で起こることを実証した。

コメント 阪大の蛋白研で最初について下さった学生の西口さんが行った研究です。修士過程の二年間で、時分割赤外観察装置の開発と観測、データ解釈の全てをこなして論文にまとめました。忙しい就職活動の合間を縫って実験を進めてくれたことを、とても有り難く思い出します。

 

 

Uzawa, T., Akiyama, S., Kimura, T., Takahashi, S.*, Ishimori, K., Morishima, I., Fujisawa, T.*
"Collapse and search dynamics of apomyoglobin folding revealed by submillisecond observations of alpha-helical content and compactness."
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 101, 1171-1176 (2004).

要旨 時分割X線小角散乱法を用いることで、アポミオグロビンの折り畳みにおける構造変化をサブミリ秒の時間分解能で観測した。アポミオグロビンはヘリックスを多く持つ蛋白質の代表として、さまざまな折り畳み研究の対象となっていたが、主鎖の収縮の過程は全く調べられていなかった。本研究では、時分割X線小角散乱測定と時間分解CD観察を行い、ヘリックス形成と主鎖の収縮をリアルタイムで観察した。得られた結果は、アポミオグロビンの折り畳みが200マイクロ秒以内の収縮運動と、その後にゆっくりと起こる二次構造及び三次構造の形成運動に分けられることを示した。このような折り畳み機構を「収縮と探索」機構と名付けた。

コメント 藤澤博士との共同研究の第二弾です。アポミオグロビンは、折り畳み研究の最適なターゲットと思われがちですが、実は凝集を起こしやすく、扱いにくい蛋白質です。この研究でも、凝集を起こさずに実験ができる条件を決めるだけで、一年以上の時間と10グラム以上の蛋白質を消費しました。苦労した鵜澤さんの気持ちが込められた仕事です。この論文も、Commentaryにて紹介されました(Roder, "Stepwise helix formation and chain compaction during protein folding" Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 101, 1793-1794 (2004))。

 

 

Tanaka, M., Matsuura, K., Yoshioka, S., Takahashi, S., Ishimori, K., Hori, H., Morishima, I.
“Activationof Hydrogen Peroxide in Horseradish Peroxidase Occurs within ~300μs Observed by a New Freeze-Quench Device”
Biophys. J. (2003). 84, 1998-2004.

要旨 高速凍結トラップ装置を開発し、西洋わさびペルオキシダーゼの反応中間体を捕捉しEPR分光法で観測することを試みた。西洋わさびペルオキシダーゼは、過酸化水素を還元しさまざまな基質を酸化する活性をもつヘム酵素である。この酵素が行う過酸化水素の還元は数ミリ秒以内に終了する高速反応である。この反応の分子機構を調べるために、二つの溶液を混合して300マイクロ秒以内に凍結する高速凍結装置を開発し、反応中間体の同定を試みた。この装置は、二液を混合した後に、液体窒素温度で回転する銀のブロックに吹き付け、急速な凍結を行うものである。実験を行うと、他の研究者の推論と異なり、300マイクロ秒の分解能でも中間体は捕捉できなかった。従って、この酵素の反応は考えられていたよりも速く起こることが示された。

コメント 留学中にアイディアを温めたプロジェクトです。1997年から開発を開始し、学生の田中さん、松浦さん、吉岡さんの協力を得て、阪大基礎工学部の堀博士との共同研究を行いました。実験は苦労の連続で、途中まで新規中間体だと思っていたデータがアーテファクトだと判ったときは、心底がっかりしました。一年以上の遠回りをしてしまったと思います。苦労はしましたが、この研究で開発した「二つの溶液を混ぜ100マイクロ秒以内に凍らせる」技術は、現在世界のあちこちで使われています。

 

 
Akiyama, S., Takahashi, S., Kimura, T., Ishimori, K., Morishima, I., Nishikawa, Y.,Fujisama, T.,
“Conformational Landscape of Cytochrome c Folding Studied by Microsecond-Resolved Small-Angle X-ray Scattering”
Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.. 99. 1329-1334 (2002)

要旨 高速溶液混合装置をX線小角散乱法と組み合わせることで、シトクロムcが折り畳む際に示す主鎖の収縮運動を時分割観測した。当時までの研究により、蛋白質の折り畳みにおける主鎖の収縮運動の観察の必要性を認識した。そのため、X線を透過する高分子フィルムを窓材に使うなどのさまざまな工夫を行った溶液混合装置をSPring8のビームラインBL45XUに持ち込むことで、シトクロムcが折り畳む際の回転半径を、サブミリ秒の分解能で観察することに成功した。得られた結果を過渡CD観測の結果を比較することで、シトクロムcが段階的にヘリックス形成と主鎖の収縮を同期させながら構造を作ることが明らかになった。

コメント SPring8(現岐阜大)の藤澤博士と共同研究として、X線小角散乱実験と混合装置の組み合わせを試みました。本研究も、秋山さんが総力を挙げて取り組んだおかげでようやく完成しました。彼が、データを基に折り畳み中間体の二次構造含量と回転半径の相関図を初めて描いたとき、うっとりしたのを覚えています。この論文は理論家のBrooks博士によりCommentaryで紹介されました(Brooks "Viewing protein folding from many perspectives" Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.. 99. 1099-1100 (2002))。
 余談ですが、当時、米国では病原菌を郵便で送りつける犯罪がニュースになっていました。ワシントンから送られてきたゲラ刷りの封を開けようとしたら、学生さんが皆部屋から逃げ出したことも楽しい思い出です。

 

 
Akiyama, S., Takahashi, S.,Ishimori, K., Morishima, I.
“Stepwise Formation of Alpha-Helices During Cytochrome c Folding”
Nat. Struct. Biol. 7, 514-520 (2000)

要旨 サブミリ秒の混合時間をもつ溶液混合装置を円二色性(CD)分光装置と組み合わせることで、シトクロムcが折り畳む際に示す二次構造の形成をリアルタイムで観察した。CD分光法による折り畳みの過程の観察の必要性は広く認識されていたが、実験上の問題により、ミリ秒以内の過渡現象のCD観測は不可能だった。本研究では、CDスペクトルを変形させにくい混合セルをデザインすることで、サブミリ秒の時間分解能での過渡CDスペクトルの観察に成功した。得られた結果は、段階的にヘリックスが形成されることを示した。このことから「一旦ヘリックスができてから蛋白質が折り畳む」という単純な機構では、シトクロムcの折り畳みが説明できないことが明らかになった。

コメント 森島先生に京都大学の助手として採用していただき、研究テーマを自由に決められる恵まれた環境を与えられました。留学中の仕事との連続性を持たせて、同時に独自の発展を行うにはどうしたらいいかを考え、混合装置をCD観測に応用する装置開発をはじめました。私だけでは装置が完成できなかったのですが、学生の秋山さんがプロジェクトに興味を持ち、彼の特徴である注意深い実験により、ようやく研究が完成しました。中間体が二つ存在するなどの解釈は、すべて秋山さんの提案です。この論文は、留学中のボスであるDenis L. Rousseauにより、News and Viewsで紹介されました(Yeh and Rousseau "Hierarchical folding of cytochrome c" Nat. Struct. Biol. 7, 443-445 (2000))

 

 
Takahashi, S., Yeh, S. R., Das, T. K., Chan, C. K., Gottfried, D. S., Rousseau, D. L.
“Folding of Cytochrome c Initiated by Submillisecond Mixing”
Nat. Struct. Biol. 4, 44-50 (1997)

要旨 独自に開発した溶液混合装置を用いることで、シトクロムcの折り畳み反応について、時分割共鳴ラマン散乱法による観測を行った。シトクロムcはヘムを含む小蛋白質であり、折り畳み研究のモデルとして活発に研究がなされている。しかし、折り畳み反応開始後の数ミリ秒の間に、どのような構造変化が引き起こされるのかを観測することは不可能だった。本研究では、サブミリ秒の時間分解能でシトクロムcの折り畳み過程を初めて観測した。特に、共鳴ラマン散乱法の特徴を活かすことで、シトクロムcのヘムに間違ったアミノ酸残基が配位した状態が作られ、折り畳み反応が減速されることを定量的に見積もった。さらに、異なるアミノ酸配位型の間に反応速度関係式を仮定することで、得られた結果を定量的に再現できることがわかった。

コメント ベル研で開発した溶液混合装置を国際シンポジウムで発表したところ、Bill Eaton博士(NIH)が、折り畳み反応の研究に装置を使わないかと持ちかけてきました。そこから研究を開始し、蛍光を使った仕事をEaton博士が、Ramanを使った仕事を私とDenisがまとめました。私が折り畳み問題に興味を持つきっかけとなった仕事です。

 

 
Takahashi, S., Ishikawa, K., Takeuchi, N., Ikedasaito, M., Yoshida, T., Rousseau, D. L.
“Oxygen-Bound Heme-Heme Oxygenase Complex - Evidence for a Highly Bent Structure of the Coordinated Oxygen”
J.Am. Chem. Soc. 117, 6002-6006 (1995)

要旨 ヘムオキシゲナーゼがヘムを酸化する反応の前駆体の構造を、共鳴ラマン散乱法を用いて解明した。生体内で不要になったヘムは、ヘムオキシゲナーゼと呼ばれる酵素により分解される。この酵素は、ヘムを取り込み、さらに酸素分子をヘムに配位させることでヘムの酸化反応を行う。すなわち、酸素付加型ヘム-ヘムオキシゲナーゼ複合体は、酵素によるヘム分解反応の前駆体である。この複合体の共鳴ラマンスペクトルを解析したところ、ヘムに酸素分子が大きく折れ曲がる形で配位していることが推定された。そのため、ヘムオキシゲナーゼが酸素分子をヘム面に押し付けることで、ヘムの酸化反応を起こしやすくするのではないかと考察した。

コメント ベル研究所に留学中に、データについてとことん考え抜くことでこの論文を書きました。当時は自信満々だったのですが、時間が経つにつれ、データを考え過ぎたのではないかと心配になりました。けれども、本研究で推定した折れ曲がった酸素の配位は、2004年に発表されたX線結晶構造解析(Unno, M., Matsui, T., Chu, G. C., Couture, M., Yoshida, T,. Rousseau, D. L., Olson, J. S., Ikeda-Saito, M. J. Biol. Chem. 279, 21055-21061 (2004))により正しい構造であることが確認され、ほっとしました