東北大学 多元物質科学研究所
計算材料熱力学研究分野
大谷研究室

研究概要

0. 計算材料学と熱力学

熱力学は物理学、化学、工学などの学問分野の礎であり最も学際的な研究領域です。古典熱力学は、実験によるマクロな視点からミクロな物質の内部構造を推定しますが、近年の量子力学に立脚する電子論計算法の目覚ましい発展は、実験では決して測定できない熱力学的物性値を人工的に作り出すことを可能にしました。たとえば私たちは、絶対零度での物質の生成エネルギーの第一原理計算や有限温度における自由エネルギーのクラスターによる計算、粒界や積層欠陥の構造・物性、液体やガラス構造の熱力学的性質などを計算する研究を行っています。さらに、不純物を効率的に除去できる高純度化プロセスを用いて世界最高水準の高純度金属を作製し、得られた熱力学物性値を高い精度で検証をしています。私たちはこのような最新の計算手段と実験技法を駆使して、磁性体や半導体、Mg 合金をはじめとする次世代のマテリアル開発、融体やガラスの物性評価、状態図計算など、材料学の様々な新しい問題に挑戦します。

  A remarkable development of electronic theory calculation based on quantum mechanics has made it possible to reproduce the thermodynamic properties of materials in simulations. In our division, we are conducting studies on computing the free energies of materials; the structures and physical properties of grain boundaries and stacking faults; and the thermodynamic properties of the liquid and glassy phases by coupling first-principles calculations and cluster variation methods, as well as quantum molecular dynamics. Furthermore, the world’s highest-purity materials are produced through a combination of chemical and physical refining methods to confirm the calculated thermodynamic properties with high accuracy and to develop new materials such as magnetic materials, semiconductors, and lightweight materials based on Mg and Al alloys.


1. 状態図計算法 (CALPHAD 法) と電子論計算について


図:1
材料の機能を最大限に引き出す組織制御において、状態図が大きな役割を果たします。状態図とは"物質の地図"とも呼ばれるもので、温度、構成元素の組成比などのある特定の条件下で合成した場合に、どのような相を得ることができるのかを状態図から予め知ることができます。その有用性から、19世紀半ばから実験により状態図作成が盛んに行われてきましたが、産業復興とともに身近な金属材料の多成分化により、実験のみでは労力、迅速性の面で現実の材料設計に対応できなくなりました。そこで提唱された状態図の新たな作成方法が、熱力学に基づいて相平衡を計算する CALPHAD (Calculation of Phase Diagrams) 法です。 CALPHAD 法の確立によって、状態図研究には著しい発展がもたらされたのですが、この手法では実験値からの外挿を行うために、実験データがない新しい系や、合成が難しい不安定相における計算では適応が困難であるとう問題があります。そこで、我々が新たに取り組んでいる手法として、電子論計算と熱力学計算を組み合わせて状態図を作成する手法です。電子論計算とは、構成される元素の原子番号と原子座標を入力し、量子力学に基づく電子の波動方程式を解くことで、その構造のエネルギーや物性値を求めることができる手法です。近年の電子論計算やコンピュータ性能の発展により、現代の電子論計算から取り出せる物性値は実験値とほぼ同等のものとして取り扱えるようになってきました。この電子論計算からの情報を未知の系や実験が困難な系に適応することで、これまで不可能とされてきた領域での状態図作成や熱力学パラメータの決定を行っています。


2. 有限温度における熱力学物性値の計算


図:2
電子論計算は 1 で述べた通りエンタルピーなどの情報の精度は十分なものとなってきました。しかしながら、状態図計算に援用するには有限温度の情報が必要であり、電子論計算から求まる物性値は絶対零度における値なので、これを有限温度の物性値に拡張する必要があります。私たちのグループでは有限温度の原子配置のエントロピーの寄与を取り扱うために、クラスター展開法・クラスター変分法・モンテカルロ法など手法を開発・利用しています。また格子振動によるエントロピー寄与の計算では準調和近似と呼ばれる自由エネルギー計算を行います。図2は準調和近似法による比熱の温度依存性で、実験値と高い精度で T = 3000 Kまでの高温領域まで再現することが可能であることが示されています。

3. 準安定状態を利用した材料設計基盤の確立

Establishment of materials design base using metastable states

図:3
この研究では、第一原理的手法により磁性をはじめとする様々な物性、圧力などの外的因子を相平衡の計算に取り入れ、新物質探索や効率的な材料開発の基盤を確立することによって、これまで未解決であった材料学的課題に対して新たなスタンスで挑戦しています。具体的には遺伝的アルゴリズムを用いることで、第一原理計算からの最安定構造の予測を行う取り組みが行っています。遺伝的アルゴリズムとはダーウィンの進化論を模倣し、自然淘汰と遺伝と突然変異を採用した計算手法です。計算の流れを簡単に説明すると、(1)ランダムに作成した複数の構造のエネルギー計算を行い、その中でエネルギーの低いもの優先的に選択する。(2)それらの構造の構成要素(原子間距離や構造ブロック)を遺伝子として、遺伝・突然変異させた次世代の構造群を作成しエネルギー計算を行い、エネルギーの低いものを再選択する。それらの構造を基に次世代の構造を作成し、低エネルギー構造の再選択を逐次繰り返し行っていくことで最安定構造を探索するというものです。このように、遺伝や突然変異を取り入れることでエネルギー障壁の問題を越えて、安定構造の探索を効率的に行うことができます。 図1-3は本研究グループが遺伝的アルゴリズムを用いて計算したTi-C-S3元系での樹形図で、横軸に世代を示してあります。親世代と子世代の関係は各世代を結ぶ枝で表され,二つの親を持つ構造は交配によって作られた構造を意味します。また,一つの親のみを持つ構造のうち傾きのある枝で親と結ばれた構造は変異が起こったもの,傾きを持たない枝は,エネルギー安定構造として,そのまま親世代から子世代に引き継がれた構造であることを意味しています。計算条件は、組成をTi4C2S2とし、一世代あたりの新規構造数を20種、交配60%、変異30%、ランダム10%の割合で新世代を構成しました。親世代と新世代を合わせた中でエネルギーの低い3種類の構造を次世代に引き継ぐことで、この組成における安定構造を第一原理計算により決定しています。計算では組成と単位胞中の元素数を指定しただけですが、この組成での実験による安定構造P63/mmcが自動的に導出されていることは驚くべきことであると考えています。更にこの手法の注目すべき点は、最安定構造だけではなくそれよりもわずかにエネルギーが高い準安定構造も同時に多数抽出できる点です。これらは規則構造であるので、2.で述べた第一原理的手法で格子振動、格子膨張、電子励起の効果を取り入れて自由エネルギーを計算することができます。これにより計算のみで状態図を作成できる可能性が拓けます。また準安定構造における有限温度の自由エネルギーは、より正確な状態図を得るだけでなく、合成反応の遷移過程を議論できる有力な情報源になると期待できます。このように、これまで実験情報のない状況下においての状態図作成は構成する相が不明なことから困難とされてきましたが、遺伝的アルゴリズムなどの新しい安定構造探索手法の利用によって大きな進展が望める段階に到達しました。

4. 結晶中の不均一構造に関する熱力学的検討

Thermodynamic analysis on heterogeneous structures in metals
金属材料には固溶状態における原子のクラスタリングや粒界をはじめとする欠陥など、さまざまな不均一性が存在します。そこでこれらの不均一性の起源について第一原理計算を基盤とする反応経路探索の手法を応用しながら、実験と計算の両面から検討します。その研究の一端として取り組んでいる手法がモンテカルロシミュレーションによる組織・クラスタリング形成過程の可視化です。モンテカルロシミュレーションでは原子間の相互作用をパラメータに入力する必要がありますが、本研究では電子論計算に基づいたクラスター展開法から求めた相互作用を用いることで、経験的なパラメータによらない組織シミュレーションを行うことができます。図4はAl-Cu二元合金での組織シミュレーションの結果です。この系ではGPゾーンと呼ばれるCuが板状に偏析した特徴的な組織が現れることが実験的にも知られていますが、シミュレーションではその板状組織が再現されています。このように、人意的なパラメータを用いずに組織形成の様態を探ることができることから、この手法を使うことで、組織形成の背後にある熱力学パラメータや原子間相互作用を明らかにすることができると考えています。


図:4

5. 金属液体構造の熱力学物性に関する研究

Investigation on thermodynamic properties of alloy liquids

図:5
計算による物性値の評価が難しい相の一つが液体です。液体は固体のようには、原子が占有する格子点が定まっておらず、また、原子間相互作用は気体のように無視できるほど小さくありません。そのため、これまで金属液体やアモルファスの熱力学的物性値は実験のみによって明らかにされてきました。しかし、近年、第一原理分子動力学法によって計算された原子運動の状態密度を剛体球の気相と調和振動子の固相の二相の重ね合わせとみることで、系の自由エネルギーを評価する方法論が提言されています。この手法を活用することで、液相の自由エネルギーも計算から評価し、状態図へと援用することが可能になります。図1-5は、Fe-Al 2元合金液体の Al 側のエントロピー、エンタルピー、自由エネルギーを上述の手法で計算したもので、この計算結果は実験値ともよく対応することが確認できています。

6. Compound energy modelを用いた(準安定)規則構造の相平衡の解析

Investigation on metastable equilibria for ordered structures using Compound energy formalism

図:6
最近の第一原理計算の手法の発達により、基本格子内の原子位置を複数の副格子に分割した規則構造のエネルギーが計算できるようになりました。そこで、その構造エネルギーを Compound energy model に直接導入することによって、これまでCALPHAD法では不可能であった準安定規則構造の相平衡を計算する新たな手法の確立を目指します。固溶体のエネルギーを計算する手法としてクラスター展開・変分法は非常に有用な手法ですが、計算には数百の規則構造のエネルギー値を必要とします。Compound energy model では、必要なエネルギーの計算値は副格子の終端組成の構造のみで数種類の構造のエネルギーのみを与えれば、自由エネルギーを計算することが可能です。図1-6は Fe-Ni の二元合金での実験値を元に描かられた状態図との比較です。電子論計算値は5種の構造のエネルギーを用いたのみですが、実験状態図に近い形の状態図が導出されています。

7. 高保磁力磁石材料の設計基盤の確立と新規磁性材料の開発

Computational materials design of permanent magnets with high coercivity and application to the production on experimental basis
近年 Fe-Co 不規則合金の軸比c/aを変化させることにより, c/a=1.20〜1.25において 700 μeV/atom もの強い結晶磁気異方性の発現の可能性を予測しました. また, 隕鉄などに含まれるFeNi L10合金においても高い保磁力を示す実験・計算結果が報告されており, 遷移金属だけで構成された合金でも有力なハード磁性材料が得られる可能性が拓けてきました.そこで本研究では、逆ペロブスカイト構造やホイスラー構造における正方晶歪みの導入にともなう磁気的特性を第一原理計算によって評価し、その結果に基づいて高い結晶磁気異方性を利用した高保磁力の永久磁石材料の開発を行います。また希土類元素を含む強力磁石のNd-Fe-B系合金の相平衡を、第一原理計算とクラスター変分法を用いた計算ならびに実験的手法によって明らかにします。新規材料探索の一例としては、コンビナトリアル法による物性評価の結果を示します。図7はFe3MX型ペロブスカイト構造のM, Xの元素を様々に変えたエンタルピーをプロットしたもので、系 60 種の合金で評価しました。これらすべてを実験から精査することは不可能ですが、計算ではたとえ不安定であっても網羅的に評価してしまうことが可能で、この中から有望な系を絞り込んで、合成法を探ることで新しい材料開発を実現させます。


図:7
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