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プレスリリース
光による消毒・殺菌でウィズコロナ社会の公衆衛生に貢献 -深紫外線発光ダイオード(波長275 nm帯)の初期劣化メカニズムを解明-|量子光エレクトロニクス研究分野

発表のポイント

・消毒・殺菌に有効な、窒化アルミニウムガリウム(注1)を用いる深紫外線(注2)発光ダイオード(LED)(注3)の光出力が使用開始後数十時間で20~40%も減少してしまう「初期劣化」のメカニズムを解明しました。
・主原因はLEDの物理的な劣化ではなく、電子ブロック層(注4)中の空孔型点欠陥(注5)をかさぶたのように塞いでいた水素が分離するためだと特定しました。
・省エネルギーかつ長寿命な深紫外線LEDの実現へ道筋を示すと期待されます。

概要

 波長280ナノメートル(nm)以下の深紫外線(DUV光、UV-C光)には、殺菌・消毒による水・空気・表面の浄化や各種物質・反応過程の光励起などへの応用の道が広がっており、消費電力が高い水銀灯タイプの殺菌灯を低消費電力のLEDに変えることにより大幅なCO2削減効果が期待できます。窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)を発光層とする波長260~280 nmのLED(DUV LED)は多くのメーカーから市販されています。しかし、使用開始から数十時間で光出力が20~40%も減少することが課題となっています。
 東北大学多元物質科学研究所の秩父重英教授と嶋紘平准教授は、豊田合成株式会社ライフソリューション事業本部、名城大学理工学部との共同研究において、DUV LEDの初期劣化の原因を明らかにしました。すなわち初期劣化の原因はLEDの物理的な劣化ではなく、結晶成長時にAlGaN電子ブロック層中に取り込まれた水素(H)により不活性化されていた「空孔型点欠陥クラスター」が、LED駆動中の電界によってHが引き剥がされることにより活性化し、電流損失を引き起こすためである事を明らかにしました(かさぶたで出血の止まっていた傷からかさぶたが取れて出血するイメージ)。従って、元々傷が少ない結晶成長を行う、かさぶたが取れないようにする等の工夫により、DUV LEDの長寿命化・高信頼性化が期待できます。
 本成果は、応用物理学分野の専門誌 Applied Physics Letters のDUV光源特集号招待論文として2023年5月17日付で掲載されました。加えて、環境省「革新的な省CO2型感染症対策技術等の実用化加速のための実証事業」の令和4年度成果報告書にも掲載される予定です。

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【参考】殺菌・消毒による水・空気・表面の浄化等への応用の道が広がっている深紫外線。消費電力が高い水銀灯タイプの殺菌灯を、低消費電力のLEDに置き換えることにより大幅なCO2削減効果が期待できます。
(出典:豊田合成株式会社 ライフソリューション事業本部HP

詳細な説明

1.背景
 波長280 nm以下のDUV光には、殺菌・消毒による水・空気・表面の浄化や各種物質・反応過程の光励起等への応用の道が開けています。そのため、安全な飲料水が無い地域、清浄なトイレや手洗い水が無く感染症の温床といえる地域に居住する数十億人に対し清潔な生活環境を提供するという使命からDUV光源は注目されていましたが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の世界的大流行とそれに伴う疾病の蔓延等により公衆衛生に対する人々の意識は劇的に変化し、殺菌消毒技術への社会的ニーズが急速に高まっています。DUV光照射よる消毒技術は、SARS-CoV-2の不活化に有効であることに加え、将来の新興感染症の原因となるウイルスに対しても原理的に効果を発揮する蓋然性が高く、現在そして未来の公衆衛生環境の整備に不可欠な技術であると言えます。
 一方で、DUV光を用いる消毒技術の普及に伴う消費電力増、つまりCO2 排出量増を抑える工夫が必要です。したがって、2050 年カーボンニュートラル達成の観点からも、水銀灯などの大型光源を高効率・省エネルギー・長寿命なLEDで置き換えることによりCO2の削減を図る事は大きな意味を持ちます。しかしながら、AlGaNを発光層とする波長260~280 nmのLEDは、使用開始から数十時間で光出力が20~40%も減少し(図1)、その原因が不明であるため対策が無いことが課題でした。

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図1.DUV LEDの発光スペクトル(左)および光出力(右)の通電時間依存性。

2.研究手法と成果
 DUV LEDの初期劣化問題を明らかにするためには、発光層にキャリア(電子と正孔)が注入され再結合(注6)し光を発するという過程を切り分けて整理する必要があります。図2に示すように、LEDの外部量子効率(注7)は、キャリア注入効率、内部量子効率(注8)、光取り出し効率の積で表されます。キャリア注入効率および光取り出し効率は、主にデバイスの構造や設計により改善を行う必要があり、前者はヘテロ構造や電子ブロック層による活性層へのキャリア集中、後者は凹凸加工や吸収体の除去などで改善されてきました。一方、内部量子効率はキャリアの全再結合過程の中で輻射再結合が占める割合であり、それを阻害する空孔型点欠陥等の濃度を低くする必要があります。ここで、外部量子効率を支配する3つの因子のうち、LEDの通電により低下する可能性があるのは「キャリア注入効率」と「内部量子効率」です。
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図2.LEDの発光効率を支配する3つの因子。

 本研究では、通電前および指定の時間通電したLEDチップに対して光出力等のパラメータの通電時間依存性を明らかにしました。加えて、LED素子内に残存する不純物であるマグネシウム(Mg)およびHの濃度プロファイルを二次イオン質量分析法(注9)により定量化しました。ここでMgは、AlGaNをp型化させるために意図的に加える不純物であり、HはMg添加AlGaNの結晶成長中に意図せず取り込まれる不純物です。さらに、LEDの発光層の発光寿命を時間分解フォトルミネッセンス法(注10)により定量化しました。時間分解フォトルミネッセンス法では、瞬間的に点灯するDUVレーザを外部から照射することにより、瞬間的にLEDの発光層を発光させて発光強度の時間変化(ナノ秒台)を計測しました。今回の測定条件下では、発光層中でキャリアを浪費して熱に変換させる空孔型点欠陥等の濃度に比例して発光寿命が短くなります。従って、発光寿命の通電時間依存性から、通電によって発光層中に新たな空孔型点欠陥が形成されたかどうかを判断することができます。図1に示したように、約1000時間通電させたLEDの光出力(即ち、外部量子効率)は通電前と比較して約40%低下しました。一方で、図3に示すように、約1000時間通電させたLEDの発光層の発光寿命の減少割合(即ち内部量子効率の低下割合)は、通電前と比較して高々12.5%に留まることが明らかになりました。従って、LEDの初期劣化の主要因は、内部量子効率の低下ではなく、キャリア注入効率の低下であると考えられます。
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図3.DUV LED発光層の発光寿命の通電時間依存性。

 次に、キャリア注入効率の低下の原因を考えるために、接合近傍のバンドプロファイルをシミュレーションしました。順方向電流が流れる(オンする)より低い順電圧(4 V)の場合、電子は電子ブロック層にブロックされてp型層には漏れださず、正孔はp型AlGaN層から電子ブロック層に少量、拡散するように見とれます。この際、発光層には再結合電流はほとんど流れず、リーク的な再結合が起きる場所は電子ブロック層に限られます。ここで通電前後のMgおよびHの濃度プロファイルに注目すると、300時間通電後には、電子ブロック層およびp型AlGaN層のH濃度は約1.5桁減少し、n型層側のH濃度は約1.5桁増加していることが分かりました。すなわち、順電圧7 Vのバンドプロファイルが示すように、p型AlGaN層および電子ブロック層にかかる電界によってHがn型層へドリフトしたと捉えるべきです。これらのHが、結晶成長時から存在していた空孔型点欠陥クラスターを不活性化していたと考えると、「元々Hにより不活性化されていた電子ブロック層の空孔型点欠陥クラスターが、Hが分離したことにより再活性化されたことが初期劣化の原因である」と考えられます。
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図4.順電圧(上段:4V, 中央:7 V)時のLED内のバンドおよび電界プロファイル(シミュレーション値)。(下段)LED通電前後のMgおよびHの濃度プロファイル。

以上をまとめると、DUV LEDの初期劣化の主原因は、元々Hにより不活性化されていたAlGaN電子ブロック層中の空孔型点欠陥クラスターからHが分離され、電界によってn型層側に移動したため空孔型点欠陥クラスターが再活性化し、電子ブロック層での再結合電流が増加して発光層へのキャリア注入効率が減少したと結論づけられます。

3.今後の展望
 元々の空孔型点欠陥クラスター濃度が低い(傷が少ない)結晶成長モードに変える、Hが分離しない(かさぶたが取れない)ようにする等の工夫により、DUV LEDの長寿命化・高信頼性化を達成できると考えています。

研究チーム

・東北大学 多元物質科学研究所
  秩父重英 教授、嶋紘平 准教授
・豊田合成株式会社 ライフソリューション事業本部 第1技術部 光源技術室
  齋藤義樹 博士、永田賢吾 博士、奥野浩司 博士、大矢昌輝 主担当員
・名城大学 理工学部
  竹内哲也 教授、石黒永孝 研究員

謝辞

 本研究の一部は、環境省「革新的な省CO2型感染症対策技術等の実用化加速のための実証事業/高効率・長寿命深紫外LEDの技術開発と細菌・ウイルス不活化および脱炭素効果の実証」、および文部科学省「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の助成を受けています。

用語説明

注1. 窒化アルミニウムガリウム(AlGaN) :
 窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)の中間的性質をもつ、いわゆる混晶と呼ばれる中間化合物。組成に応じて波長210 nmから365 nmの紫外線を発することが可能。なお、GaNと窒化インジウム(InN)の混晶は高効率青色LEDの発光層として用いられ、黄色蛍光体と組み合わせた高輝度・省エネルギー白色光源の実現に貢献し、2014年ノーベル物理学賞の対象となった。
注2. 深紫外線(DUV光):
 波長がおよそ200 nmから300 nmの範囲の光(明確な区切りはない)。特に波長280 nm以下のDUV光はUV-C光とも呼ばれる。
注3. 発光ダイオード(LED):
p型およびn型(電気伝導がそれぞれ電子および正孔(価電子の一部が欠落したもの)により担われる)半導体の接合に順電圧を印加し、接合付近に注入された電子および正孔の再結合に伴う光の放出を目的とした素子。
注4. 電子ブロック層:
LEDの発光層とp型層の間に挿入され、n型層から注入された電子がp型層側にオーバーフローするのを防ぎ、発光層への電子注入効率を高めるための層。
注5. 空孔型点欠陥:
 結晶において本来存在すべき原子が欠けて空位となっている格子点。AlGaNの場合はAlないしはGaの空孔とN空孔の集合体(クラスター)を形成。
注6. キャリアの再結合:
 伝導帯の電子が価電子帯へ遷移し、電子と正孔のペアが消失すること。再結合で余ったエネルギーを何らかの形で放出する必要があり、エネルギーが光などの電磁波の形で放出される過程を輻射再結合と呼ぶ。
注7. 外部量子効率:
 LEDに投入される電力のうち外部に放射される光出力の割合。
注8. 内部量子効率:
 発光層に注入される電子と正孔のペアのうち発光に寄与する割合。
注9. 二次イオン質量分析法:
 試料にイオンを照射し、試料表面から放出されるイオン化した粒子を検出し、その質量と検出量から試料の成分と濃度を定量する方法。
注10. 時間分解フォトルミネッセンス:
 瞬間的に点灯するレーザの照射により物質中の電子を瞬間的に励起し、電子が基底状態に戻る際に放射される光の強度の減衰時間を測定する方法。本研究では、10兆分の1秒間だけ点灯する特殊なDUVレーザをLED試料に照射し、発光層の発光寿命を選択的に計測した。

論文情報

“Operation-induced degradation mechanisms of 275-nm-band AlGaN-based deep-ultraviolet light-emitting diodes fabricated on a sapphire substrate”
S. F. Chichibu*, K. Nagata, M. Oya, T. Kasuya, K. Okuno, H. Ishiguro, Y. Saito, T. Takeuchi, and K. Shima
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 秩父重英
Applied Physics Letters
DOI:10.1063/5.0147984

関連リンク

東北大学
名城大学
豊田合成株式会社 ライフソリューション事業本部
量子光エレクトロニクス研究分野

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 秩父重英(ちちぶ しげふさ)
TEL:022-217-5363
E-mail:chichibu*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

名城大学 渉外部広報課
TEL:052-838-2006
E-mail:koho*ccml.meijo-u.ac.jp(*を@に置き換えてください)

豊田合成株式会社 総務部広報室
TEL:052-400-1055
E-mail:inquiry*mlist.toyoda-gosei.co.jp(*を@に置き換えてください)