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プレスリリース

水に強い有機半導体の結晶格子を制御する ~結晶格子の硬さ・柔らかさの自在制御~

発表のポイント

食塩型の分子間相互作用(注1)を用いた結晶格子の硬さ・柔らかさ(注2)の化学的な自在制御により、水に対する優れた耐性を示すn型有機半導体材料(注3)の作製に成功した。
・従来、水に対して不安定とされているn型有機半導体が、結晶格子の硬さ・柔らかさを反映した優れた電子輸送特性を示すことを見出した。
・アルカリ金属イオンのサイズをLi, Na, K, Rb, Csと段階的に変化させることで、結晶格子の熱運動の大きさを制御することに成功した。

概要

 有機材料の特徴は、多様な分子間相互作用によって結晶格子が支配される点です。東北大学多元物質科学研究所の大学院生 阿部春花氏、芥川智行教授は、京都大学の関修平教授らとの共同研究により、n型有機半導体特性を示すアニオン性のナフタレンジイミド誘導体を用いて、アルカリ金属イオンであるLi, Na, K, Rb, Csを系統的に組み合わせることで、n型有機半導体材料の結晶格子の硬さ・柔らかさを化学的に自在制御することに成功しました。本材料は、アルカリ金属イオンのサイズにより、結晶格子の熱運動状態が変化し、水の存在下で高い電子移動度と可逆的な水の出し入れが可能な有機材料です。このような結晶格子の硬さ・柔らかさの制御は、有機エレクトロニクスの性能制御のための新たな可能性を提案する研究結果です。

 本研究の成果は米国現地時間の2020年12月30日、学術誌Journal of the American Chemical Societyにてオンライン掲載され、掲載誌のSupplementary Cover Artに選ばれました。

 本研究は、科研費基盤研究(A)JP19H00886、学術変革領域(A)JP20H05865およびJST CREST研究 JPMJCR18I4による成果です。

背景

 化学的な手法による材料設計の自由度が高い有機材料は、一次元積層などの多彩な配列様式の分子集合体が設計できます。無機材料と比較して、有機材料の結晶格子のエネルギースケールは、塩で見られる強い静電相互作用(100 kJ mol−1)、水素結合相互作用(5~20 kJ mol−1)から弱いvan der Waals相互作用(注4)(2 kJ mol−1)までエネルギースケールが多岐にわたっています。強い分子間力である静電相互作用により支配される有機材料の結晶格子は、その熱安定性と化学的安定性が高く、無機物材料に匹敵する性能を持つ機能性有機材料の創製を可能とします。電子をキャリアとするn型有機半導体材料は、水の存在が電子に対するトラップサイト(注5)として働くため、安定なデバイス動作に問題点となります。これを解決するために、無機材料と同様な強い分子間相互作用によりn型有機半導体材料の結晶格子の硬さ・柔らかを自在制御する化学的な手法の開発が重要となります。

研究手法と成果

 無機材料では、原子間に働く静電相互作用と共有結合により熱および化学的に安定な結晶格子を形成し、水に対する優れた耐性を有する半導体材料が容易に作製可能です。本研究グループでは、有機分子の間に働く分子間相互作用の中で、最も強い静電相互作用に着目し、結晶の格子エネルギーを段階的に制御する化学的な手法を開発し、水の出し入れが可逆に可能なn型有機半導体材料を開発しました。高い熱的安定性と結晶格子の硬さ・柔軟性の制御は、可逆な水の出し入れと優れた電子移動度を実現しました。
 電子を受け取り易い性質を持つn型有機半導体材料に、アニオン性のプロピオネート基を導入したPCNDI2− 分子(図1)を合成し、その一連のアルカリ金属(Li, Na, K, Rb, Cs)塩を作製しました。これは、NaClやKClと同様なイオン性結晶であり、カチオン-アニオン間の強いクーロン力により結晶格子が構成されています。カチオンをLi+ → Na+ → K+ → Rb+ → Cs+と段階的に変化させる事で、結晶中に存在するクーロン相互作用の形態を化学的に自在制御する事が可能となり、有機結晶の格子エネルギーを変調する事ができます。一連の結晶構造の特徴は、PCNDI2−のπ平面が二次元的に相互作用した電子伝導層とプロピオネートアニオンとアルカリ金属イオンにより強固に結合した静電ネットワーク層が交互に配列しています(図1)。興味深いことに、静電ネットワーク層には、水分子を可逆に出し入れすることが可能であり、H2O分子の吸着等温線から段階的な水の出し入れが確認できました。Li+やNa+の様な小さなカチオンでは、水の吸脱着に伴いイオン伝導性が発現し、結晶格子が部分的に融解した柔らかい固体が形成するのに対して、よりサイズが大きく重たいRb+やCs+の様なアルカリ金属イオンでは、水の吸脱着によりアルカリ金属イオンの熱揺らぎは小さく、堅い結晶格子が形成します。一般的には、水の存在はn型有機半導体材料の電子移動度を大幅に低下させ、その性能を大きく低下させますが、今回の一連の材料では、結晶の電子移動度はCs+ ≈ Rb+ > K+ > Na+ > Li+塩の順で低下しました(図2)。電子とイオンの長距離または短距離的な運動状態の変化が、アルカリ金属イオンの質量により支配され、結晶格子の硬さ・柔らかを介した水の可逆な吸脱着と電子状態のスイッチングが実現できました。
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図1.  (M+)2(PCNDI2−)•(H2O)nの分子構造(左)と水の吸脱着を可能とする結晶構造(右)。対カチオンであるアルカリ金属イオンをLi+ → Na+ → K+ → Rb+ → Cs+と段階的に大きくすることで、静電相互作用により支配される結晶格子の硬さ・柔らかさを化学的に自在制御可能である。PCNDI2−が形成する二次元的な電子伝導層間に可逆な水の吸脱着を可能とする層が共存している。

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図2. 結晶格子のアルカリ金属サイズ依存性。Li+, Na+, K+ などのサイズの小さなイオンから形成する塩の結晶格子ではイオン伝導性が発現し、Rb+やCs+を含む塩では硬い結晶格子が形成する(上図)。Na+•(PCNDI2−)塩の273および 293 Kにおける水の吸着等温線とゲート吸脱着現象(下左図)。イオン伝導度(左軸)と電子移動度(右軸)のアルカリ金属イオンサイズ依存性(下右図)。

本研究の意義、今後への期待

 水に対する高い安定性と優れた電子移動度を示すn型有機半導体材料の結晶格子の設計は、無機材料を凌駕する優れた性能を有するデバイスの作製を実現可能とします。水に対する高い耐性と優れた性能の両立は、無機材料と同様な環境での有機エレクトロニクスの応用を可能とします。また、水の出し入れと連動した結晶格子の硬さ・柔軟性の制御は、これまでに多くの報告がある水の吸着材料とは異なり、外部環境の変化により多様な応答を示す多重機能性の創製の視点からも興味深い結果となっています。生体系のアクアポリン(注6)のような水チャネルや電子伝達系などの優れた機能が、分子設計から実現可能となれば、生体の優れた性能を模倣した超高感度分子センサなどへの応用が期待できます。

論文情報:
“Crystal Lattice Design of H2O-Tolerant n-type Semiconducting Dianionic Naphthalenediimide Derivatives”
Haruka Abe, Ayumi Kawasaki, Takashi Takeda, Norihisa Hoshino, Wakana Matsuda, Shu Seki and Tomoyuki Akutagawa
Journal of the American Chemical Society, J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 1046−1060
DOI:10.1021/jacs.0c11545

用語説明

注1.食塩型の分子間相互作用
 プラスとマイナスの電荷間に働く静電相互作用で、100 kJ mol-1に至る大きなエネルギーを有するクーロン相互作用です。弱い分子間相互作用から構成される有機結晶が低い温度で融解するのに対して、食塩の融点は800度にも及びます。
注2.結晶格子の硬さ・柔らかさ
 固体中で規則的に配列した分子が形成する結晶格子は、絶えず熱による運動(揺らぎ)を生じています。外部から与えられる熱エネルギーが結晶格子のエネルギーより大きくなると、結晶は融解します。同じ量の熱エネルギーを外部から与えた時、柔らかな結晶格子では熱揺らぎが大きくなり、硬い結晶格子では熱揺らぎが小さくなります。
注3.n型有機半導体材料
 固体中の電気伝導性の発現に必要な電荷が電子である有機材料です。
注4.van der Waals相互作用
分子間に働く弱い引力または反発力で、双極子-双極子相互作用、双極子-誘起双極子相互作用やロンドン分散力(誘起双極子-誘起双極子相互作用などを起源とする分子間力です。
注5.トラップサイト
 固体中の電子は、分子が互いに相互作用することにより形成したバンド構造に支配され、電子が自由に運動する事で伝導性を示します。水分子や酸素が存在すると、電子やホールはその動きを制約され、自由に動けなくなります。結果、固体伝導性は大きく低下し、デバイス特性を大幅に低下させます。
注6.アクアポリン
 細胞膜に存在する細孔を有するタンパク質であり、水分子のみを選択的に通過させることができるため、細胞への水の取り込みに関係しています。

関連リンク:
東北大学ウェブサイト
ハイブリッド材料創製研究分野(芥川智行研究室)

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
担当:芥川 智行(あくたがわ ともゆき)
電話:022-217-5653
E-mail:akutagawa*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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