非極性m面InGaN量子井戸LEDの光学的特性 
Optical properties in nonpolar m-plane InGaN quantum well LEDs

■はじめに
 窒化物半導体は、混晶組成制御によりバンドギャップエネルギーを6.04eV(AlN)から0.65eV(InN)まで変化させることができるため、深紫外線から通信波長領域までの波長の発光・受光素子へ応用可能な魅力あふれる材料です。1993年の高輝度青色発光ダイオード商品化フィーバーを皮切りに、活性領域にInGaN量子井戸(QW)を用いた紫外線、青~緑色、白色発光ダイオード(LED)や青紫色(405nm)レーザダイオード(LD)が次々と商用化され、LEDは街で見かける交通用信号機、クリスマスイルミネーション、バックライトやカメラ付き携帯のフラッシュなど、いまや無くてはならない存在になっています。仙台でも、毎年12月には光のページェントが開催され、街は綺麗なLEDイルミネーションで彩られます
しかし、窒化物半導体を用いた発光デバイスが飛びぬけて明るい波長領域は、左図に示すように400-520nmの波長領域に限られており、それよりも短波長ではAlGaN材料の発光効率の低下が、それよりも長波長(可視)域では、歪みInGaN量子井戸に発生する圧電分極電場により、井戸内の電子-正孔対の波動関数が分離し、発光効率が低下してしまいます。

そんな中、近年では、電場の影響を回避するため、発光素子を一般的なc面ではなく、m, a面などの非極性面{10-11}, {10-12}, {11-22}などの半極性面へ形成する手法が試みられています。非極性面では、分極軸となるc軸が量子井戸面内に含まれるため、電場の影響が回避できます。
第37回応用物理学会スクールAテキスト P.9 (2005) 応用物理学会 より
実際m面青紫~青色LEDや、室温で連続発振するm面青紫色LDやパルス発振する純青色LDなどが
共同研究機関であるロームとUCSBから続々と報告されています(三菱化学製の低転位m面GaN自立基板を使用)。
さらなる長波長化により緑色半導体レーザーが実現されるかもしれません!
このように、進展目覚ましい非極性面発光デバイスですが、研究が盛んになり始めた2000年当初はr面サファイア、m面SiC、或いはLiAlO2などの異種基板上へ非極性面素子をヘテロエピタキシャル成長していたため、格子定数及び熱膨張係数の差により高密度(109~1010cm-2)な貫通転位の混入に加え、積層欠陥の混入(105cm-1)が問題となりました【Haskell et al., JEM 34, 357 (2005).】。これらの欠陥により、井戸層のInの取り込みは不均一となり、青色LEDからの発光には、注入電流量の増加に伴う大きな波長変化がみられました。その後、非極性面発光デバイスの性能が上図のように飛躍的に向上する転機となったのが、三菱化学より開発された低転位m面GaN基板の導入でした。成長したLEDには積層欠陥は殆ど観測されず。注入電流量の変化に伴う発光波長が殆どみられなくなりました。次節で、これらのLEDに対し光学的評価を行った結果を順を追ってみていきましょう。

■非極性m面量子井戸LEDの発光特性

m面LEO-GaN上のIn0.08Ga0.92N/GaN MQWの
(a)表面SEM像、(b) 広域(60×45μm2)及び
spot励起CLスペクトル
(c)-(f) UV(紫外線), V(紫), P(藍), B(青)各々の
発光エネルギーでの空間分解単色
カソードルミネセンス(CL)強度マッピング像。
[J. Vac. Sci. Technol. B 25, 1524 (2007).]
 左図は、UCSBにてm面6H-SiC上にHVPE法により横方向成長させた低転位m面GaNテンプレート{Lateral epitaxial overgrown (LEO)-GaN}【Haskell et al., APL 86, 111917 (2005). 】上に、MOVPE 法にて成長したm面InGaN/GaN多重量子井戸【Chakraborty et al., JJAP 44, L173 (2005).】の発光特性をまとめたものです。

 Ga-polar wingの、貫通転位(TD)密度、積層欠陥(SF)密度はそれぞれ5×106 cm-2、3×103 cm-1以下とwindow領域の密度(4×109 cm-2、1×105 cm-1)に比べ低減されています。しかし、N-polar wing にはwindow領域と同程度のSFが残留しています。このため、N-polar wingとwindow領域には、積層欠陥に関連した縞模様が現れてしまっている様子が、(a)をご覧頂くと分かります。

 (b)の下4本に示した微小領域における局所励起CLスペクトルから、Ga-polar wingからはUV(紫外線) ~ P(藍)発光帯が、N-polar wing及びwindow領域からはP(藍) ~ B(青)発光帯が観測されることが分かります。さらに、(c)-(f)に示す単色CL強度分布像から、UV ~ V発光帯は主にGa-polar wing、B発光帯はN-polar wing及びwindow領域から観測され、像がほぼ反転していることが分かります。

 以上の結果から、「InNモル分率xの面内での広義の不均一性が大きく、Inの取り込みが成長形態(ファセットや極性、面方位依存性)やTD・SF密度によって大きく変化する」ことを示しており、TD・SF密度が高く表面平坦性の悪い領域ほど、Inの取り込み効率が高いことが分かりました。
 

m面InGaN/GaN多重量子井戸LEDの光起電力(PV)、
フォトルミネセンス(PL)、及び電流注入(EL)スペクトルの
注入電流量依存性
[Appl. Phys. Lett. 89, 091906 (2006).)]
 HVPE法により(100)面LiAlO2基板上にGaNを成長後、基板を剥離して作製したm面自立GaN基板【Haskell et al., JEM 34, 357 (2005).上へ作製したLED【Chakraborty et al., JJAP 46, 542 (2007).】の光学特性を左図に示します。
 基板の貫通転位・積層欠陥密度が4×109 cm-2、1×105 cm-1と高いため、表面形状や欠陥密度に応じてInの取り込みが変化し、マクロスケールでのバンドギャップ不均一性が生じています。
 このため、電流増加に伴って発光波長が大きく変化してしまいした。(>_<)
各電流注入時におけるLEDの顕微鏡写真
 p型電極付近の拡大図
(注)透明電極ではないので電極部からの発光は観測できません

 ご覧下さい、電極の隙間から赤色発光が観測されています。しかも、強度は周辺の緑色、青色発光と同等です!

これらの結果は、非極性面を用いれば、窒化物半導体でも高輝度な黄色~赤色LEDが実現できる可能性を示しています!!

■低転位m面GaN基板上の非極性m面量子井戸LEDの発光特性

m面InGaN/GaN多重量子井戸LEDの
断面走査型透過電子顕微鏡(STEM)像
[Okamoto et al., JJAP 45, L1197 (2006).]
 ローム株式会社が作製したm面InGaN/GaN多重量子井戸LED【Okamoto et al., JJAP 45, L1197 (2006).】の断面走査型透過電子顕微鏡(STEM)像です。
三菱化学より開発された低転位m面GaN基板を使用しています。
 貫通転位、積層欠陥が観測されていません!

低転位m面In0.15Ga0.85N/GaN多重量子井戸LEDの
光起電力(PV)及び電流注入(EL)スペクトルの
注入電流量依存性
[Appl. Phys. Lett. 91, 181903 (2007).]
 室温において注入電流を46μA~20mAと変化させたエレクトロルミネセンス(EL)スペクトルを左図に示します。
 電流の増加に従う発光ピークの高エネルギーシフト量は高々12meVで、c面LEDの値(60meV)【JVST 16, 2204 (1998); pss(a) 183, 91 (2001).】よりも小さな値が得られました。
 低転位基板を用いた結果、等価内部量子効率(300Kの波長積分EL強度を150Kのそれで割った値)は43%となりました。c面青色LEDの内部量子効率(ほぼ100%)に追いつくまで、もう一歩です ^^)v
各電流注入時におけるLEDの顕微鏡写真

色が変化していません!!

(a)150Kと(b)293KにおけるPLスペクトルのバイアス(VEX)依存性
(c)熱平衡状態 及び (d)VEX=+2.5Vにおいて
1次元Poisson方程式及び Schrödinger方程式
を解き計算したバンド図
[Appl. Phys. Lett. 91, 181903 (2007).]
PLスペクトルのバイアス(VEX)依存性です{左図(a)と(b)}。

 スペクトルには、MQWからの発光と、黄色発光体(YL)のピークが現れています。
これらのうち、YLは主にGaN基板からの発光なので、強度に変化がありません。一方、MQWからの発光は、VEX減少(接合電場Fjの増加)に伴い減少しています。いったい何が起こったのでしょうか??
 1次元Poisson方程式及び Schrödinger方程式を解き、バンド計算を行いました{左図(c)と(d)}。

ご覧下さい、熱平衡状態においても既に正孔の波動関数が井戸から漏れ出てしまっています。波動関数の浸み出しは、発光効率低下を招きます。

時間分解PL(TRPL)信号のVEX依存性
[Appl. Phys. Lett. 91, 181903 (2007).]
 再結合ダイナミクスを明らかにするため、 時間分解PL(TRPL)信号のVEX依存性を観察しました。
 低温での減衰寿命は殆ど変わっていませんが、室温ではVEX減少に伴い急激に短くなっていることが分かります。

 この違いには、何が影響しているのでしょうか??


(a)PLピークエネルギーのVEX依存性。点線は計算値。
(b)規格化波長積分PL強度のVEX依存性。
150K、VEX=+2.5Vの値を1としている。
(c)有効PL寿命(τPL,eff)、有効輻射再結合寿命(τR,eff有効非輻射再結合寿命(τNR,effVEX依存性。
[Appl. Phys. Lett. 91, 181903 (2007).]
二準位系励起子再結合モデルを使って解析しました。

光励起により生成された励起子は輻射と非輻射再結合過程により減少し、レート方程式は次式で表されます

dn/dt = - n/τR,eff - n/τNR,eff

ここで、τR,effは有効輻射再結合寿命、τNR,effは有効非輻射再結合寿命です。そして、有効PL寿命(τPL,eff)と等価内部量子効率(ηeqint)は、以下のような関係式で表されます。

1/τPL,eff = 1/τR,eff + 1/τNR,eff
ηeqint = 1/(1+τR,effNR,eff
)

この二式を使うと、τR,effとτNR,effを導き出すことができるのです。
得られた結果を左図(c)に示します。
 まず、有効輻射寿命に注目すると、VEXの減少(接合電場Fjの増加)に伴い増加しています。これは、電子-正孔対の波動関数が分離して、輻射再結合確率が減少したことを示唆しています。また、昇温に伴って有効輻射寿命が長くなっていますが、これは2次元空間への励起子の熱広がりによるものと考えられます。

 一方、有効非輻射寿命に注目すると150K、293K共に、VEXの減少(接合電場Fjの増加)に伴い減少しています。これは、上記したように、正孔の波動関数が井戸から漏れ出る割合がVEXの減少と共に増加したことを反映していると考えられます。
 ここで、非輻射再結合寿命が輻射再結合寿命を下回る(非輻射再結合過程が支配的となる)VEXは、150Kでは+0.5V付近であるのに対し、293Kでは+2V付近となっています。
 室温でVEXの減少に伴う急激な減衰寿命の減少が観られた原因は、非輻射再結合寿命が支配的となっていたためだったんですね。^^)v
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